[付録] ニュースと感想 (4)

[ 2001. 11.04 〜 11.27 ]   

  《 ※ これ以前の分は、

       8月20日 〜 9月21日
       9月22日 〜 10月11日
      10月12日 〜 11月03日
        11月04日 〜 11月27日

   のページで 》




● ニュースと感想  (11月04日)

   【 ジョークです 】
 新たなテロが噂されている。これはコンピュータ上のテロである。
 世間を騒がせている炭疽菌を、コンピュータに感染するウィルスに取り込むということだ。新たなサイバーテロリズムである。このウイルスは、ライオンに感染し、脳をスポンジ状にする。感染したライオンは、「構造改革! 米百俵!」と騒いで、「ライオンハート」というメルマガを発行する。メルマガに添付された「構造改革.exe」をクリックして、イエスを選択すると、国家とマシンが暴走して、ユーザの声をまったく聞き受けなくなる。元の状態に回復することは不可能になる。
 これによる被害は史上最高になる見込み。倒産は数万に。失業者は350万人に。失業が原因の死者は数千に。経済的損害は数十兆円の規模。いずれも予想規模だが、一部はすでに確認済みとも言われる。ビンラディンを上回る、史上最悪の国家破壊テロか。

 《 続報 》
 特効薬は、開発済み。これは「タンスよきん」を激減させて、病状を劇的に回復する新薬。ただし味は苦い。一同はこれに期待をかけたが、残念ながら、「効果が 100% 絶対確実だと判明するまで、こんな苦いものは絶対に使わない」とライオンは拒んでいる。かくて、ぐずぐずしているうちに、病状はどんどん悪化するばかり。
 一部の予想では、ライオンの命運は、年末まで。正月になると、首を切られる。あとは、頭をハリボテにされて、獅子舞になるとのこと。 (これで、おしまい。ピーヒャララ〜)


● ニュースと感想  (11月04日b)

 「インフレ目標」の法案。( 10月18日 の続報 )
 読売新聞・朝刊・経済面 2001-11-03 によると、自民党の「金融と物価に関するワーキングチーム」が、「インフレ目標」政策を採用させる日銀法改正案の要綱をまとめた。その内容(一部)は、次の通り。
 (1) 日銀が金融政策を決定する場合、物価水準の目標と、その達成時期を明示する。
 (2) オペの売買対象を、「債券」だけでなく「有価証券」に拡大する。日銀が株式も購入できるようにする。

 まさしく、とんでもない法案と言えよう。経済学の素人が、生かじりの知識で作成した法案の見本である。財務省あたりが早速たたきつぶしにかかるだろう。まったく、馬鹿げた無知の法案を出すものだ。
 以下、理由を示す。

 (1) 「物価水準の目標を示す」のは良い。それはインフレ目標政策そのものだ。しかし、「その達成時期を示す」とは、何のことだ? 意味不明である。これは、「物価水準を日銀が達成できること」、つまり、「日銀が物価水準を好き勝手にコントロールできる」ということを暗黙裏に前提しているようだ。しかし、そんなことはありえないのだ。
 裏話をいうと、このワーキンググループの舛添は、「量的緩和でマネーを 15%ほど増やせば、物価が上昇するはずだ」と勝手なことをほざいている。こういう無知なデタラメな論理の上に、上記のような主張をするのだろう。しかし、「流動性の罠」があるのだ。それゆえ、ゼロ金利のときは、いくら量的緩和をしても、何の効果も出さないのだ。「流動性の罠」を理解しない素人の法案など、まったく意味をなさない。経済というものを、オモチャにして、遊んでいる。素人の勝手な妄想の上に作成した法案など、国民にとっては、百害あって一利なしである。
 (2) オペの対象を有価証券(株式)に拡大する? 呆れた。ここまで狂気的な法案は、初めて聞いた。なるほど、「政府が株を買え」という意見は、今でもある。しかし、その場合、それは法律で決めることを前提している。なのに、法律もなしに、日銀が勝手に株を売買したりするなんて、国民の財布を日銀が勝手に使い放題にするようなものだ。
 これ、具体的に、どういうことか、わかりますか? あなたの財布から、日銀が勝手に金を盗み出して、それを勝手に株式投資に回す、ということだ。そして、政府の株式投資というものは必ず失敗する( → 第2章 )。 しかも、日銀というのは、景気判断が最悪だ、という歴史をもつ。( ← バブル膨張やバブル破裂の例 )…… だから、結局、日銀が下手な株遊びをして、そのツケとしての莫大な損失を、あなたに回すわけだ。たとえば、マイカルや建設会社の株を「下がった今こそ買い時」と思って買ったすえ、「不良債権処理」という名目で倒産させて、株をすべて紙屑にして、すべてパアになったあとで、そのツケをあなたに回す。
 つまりは、この世で最悪の相場師に、この世で最大の金を無制限で貸し付ける、ということだ。国会の許可もなしに。そして、失った金は、国民全体がかぶるわけだ。最悪。 (ただし、兜町の相場師だけは、大喜び。愚かな日銀をカモにして、何兆円もの金を、濡れ手で粟で吸い上げる。たぶんソロス氏あたりが数兆円を吸い上げるだろう。史上最高のカモを相手にして。)……というわけで、まったく、メチャクチャの極みである。
 それでも、法案作成者は、「いや、うまく行くかもしれない」と主張するだろう。しかし、仮に 100% うまく行っても、景気回復の効果はほとんどないのだ。なぜなら、この場合も、「流動性の罠」ゆえに、「量的緩和」と同じ結果になるからだ。 ( → 国が不動産を買った場合 。 株でも不動産でも、話はほぼ同じ。)
 ついでに、一言。この「株を買う」という発想は、「株価を買い占めて、値を釣り上げよう」というもので、つまりは、「株価操作する」という発想である。話が根本的に狂っている。そんなふうに「仕手」のようなことをしても、経済の実態が変わるわけではない。たとえば、世の中の株をすべて買い占めれば、株価は急上昇するかもしれない。しかしそんなことをしても、(莫大な浪費をすることで)日本経済は弱体化するだけだし、景気回復効果はそがれるだけだ。企業の株を上げたければ、企業が業績を向上させればよい。「株価操作すればいい」なんていう発想をすること自体が、彼らの頭の根本的ないびつさを証明している。ほとんど犯罪まがいである。

 無知な議員に勧告。こういうデタラメの法案を出す前に、「インフレ目標」簡単解説 のページを読んで、まともな経済学的な知識を身につけるべし。特に、「流動性の罠」について、しっかり理解すべし。「インフレ目標政策」と「量的緩和政策」とを、混同してはならない。
( ※ ついでにいえば、マスコミも、「インフレ目標とは何か」という、正しい情報を流すべし。なのに、これまでいっぺんも、そういう情報を出していない。だから世間には、誤った情報が流れまわる。)

  【 追記 】
 11月26日、この法案は、ボツになった。慎重意見が出たそうだ。今国会には間に合わなくなったから、ということもある。( → 毎日新聞記事
 また、12月04日になると、政府も「経済財政白書」で、「インフレ目標」に肯定的な方向を示している。( → 12月05日 の記述 )


● ニュースと感想  (11月05日)

 「不良債権処理は、先送りするべきではない。先送りすれば、かえってコストがかかる。景気回復も遅れる。」
 という意見がある。しかし、これは根本的な勘違いである。(経済学的な根拠のない、単なる妄想。)
 不良債権処理は、やればやるほど、景気回復が遅れるので、不良債権全体の処理が終わるには、何年もかかる。政府の見込みでは、3年とかの数値が出ているが、実際には、RCCなどに回した分がすっかり処理し終わるまでには、5年以上かかるはずだ。しかも、それは「うまく行けば」の話にすぎない。今後、不況がどんどん深刻化していけば、不良債権は雪ダルマ式に膨張していくので、何年かかっても減るどころか増えるばかりだろう。
 一方、今すぐ「景気回復策」を採れば、何も処理をしなくても、不良債権は急速に縮小していく。3年もあれば、9割以上が片付くだろう。
 結論。「不良債権処理」なんていうものは、しない方がかえって処理が早まるわけだ。
  ・ 処理をすればするほど処理が遅れる。
  ・ 処理をしなければしないほど処理が早まる。
 というのが事実である。こういう逆説が成立するのが、経済学なのだ。── 理由は、いちいち述べない。経済学の初歩を理解すれば、すぐにわかることだからだ。こんなこともわからないような人は、経済学などには足を踏み込まない方がいいだろう。
(→ 経済学的なマジック )

  【 付記 】
   ただし、何もしなければいいわけではない。
   かわりに「景気回復策」を採ることが前提。


● ニュースと感想  (11月06日)

 新生銀行についての朝日・朝刊・経済面 2001-11-05 記事。
 11月03日 分の続報。「新生銀行の経営はけしからん」という社説に対しての、経済部からの詳報記事。つまりは、「銀行は正しく優しくあるべし」という感情論的な社説に対して、経済学的な事実を報道したわけ。ま、私の示したことと大同小異だが、最後には大手銀行の幹部の声として、「本音を言えば新生の姿勢は正しい。それができない身がつらい」という自嘲を紹介している。
 ── で、何が言いたいか? 私のこのページを読んで、「南堂は過激なことばかり言っている」と思う人もいるだろう。先の 11月03日の話についても、「南堂がまた過激なことを言っている」と思った人もいるだろう。しかし、とんでもない誤解だ。ちゃんと調べれば、今回の記事のようになるのだ。私の言っていることはちっとも過激ではない。ごく常識的なことだ。なのに、それが過激に見えるとしたら、朝日社説のように、自分が感情的になっているせいで、目が曇って、真実が見えなくなっているからだ。
 今回はたまたま、私の主張を検証する形で、朝日が事実を明らかにした。私の他の主張も、ちゃんと検証すれば、今回記事のように、事実が明らかになるだろう。


● ニュースと感想  (11月06日b)

 経済学の重鎮 サミュエルソンの寄稿。(読売新聞・朝刊・2001-11-05 )
 「昔の大恐慌が再来するというのは妄想である。」と述べている。ただし「米国と欧州では」という留保つき。わが国については、どうか? 「 1990年から 2001年にかけての日本は、悲しいかな、この病状にあまりにも近づいてしまっている」とのこと。
 つまりは、「日本では、大恐慌の可能性が、十分にある」ということ。サミュエルソンはクルーグマンと違って、きつい言葉は使わない。だから私が、はっきり明示しておく。 ( → 9月10日b 「大恐慌の再来」 )

 で、どうすればいい? 氏は言う。景気循環(不況)に対抗するための、非常に強力な形のマクロ政策はある。それは「金があったら右から左へ支出するような非富裕層の、税負担を軽減すること」である。つまり、「消費性向の高い低所得者層に、金をふんだんに渡すこと」である。そして「二年間にわたる大幅減税のあとで、2004年から税率を元に戻すこと」である。── これは要するに、私の何度も主張した 中和政策 そのものである。 (若干、毛色の差はあるが。)
 私の主張する「中和政策」を「へんてこりん」と思っている人もいるかもしれない。しかし私の主張は、経済学の教科書にも載っているような、最も標準的な方法なのだ。そういう「最も標準的な方法」を排除して、「不良債権処理」「公的資金導入」「株式優遇税制」「雇用補助金」なんていう、外道な方法ばかり模索しているのが、今の日本だ。……マスコミなどは、経済学の基礎というものを、少しは勉強してはどうか? 今のままだと、「不可」点しかもらえませんよ。また、「中和政策」を「へんてこりん」と思う人は、サミュエルソンを「へんてこりん」と思うことになります。注意してね。

( ※ ついでに言うと、ポール・サミュエルソンは 1970年ノーベル経済学賞を受賞。著作の経済学入門書は、経済学の最も標準的な教科書とされている。試験の答案に「不可」点をつけるのは同氏。配点の欄外には「この政策だと大恐慌になる」とコメントつき。)

( ※ もうひとつ、ついでに言うと、サミュエルソン,クルーグマン,スティグリッツ[そして私も]は、ほぼ同じ意見。一方、それとは逆の意見の持主は、日本の大多数。日本のマスコミや政府や経済学者のみなさん。「自分は正しい」と主張する前に、何か、考えることがあるんじゃありませんか。)


● ニュースと感想  (11月06日c)

 「児童年金制度」(「児童手当」と同種)が検討されているという。(読売新聞・朝刊・2面 2001-11-05 )
 これは「(広義の)バラマキ」の一種だから、「中和政策」の一種と見なすことができる。これを制度化したあとで、「財源のため、数年後に増税」とすれば、ほぼ完全な中和政策となる。
 子持ち家庭だけが対象となるのが少々難だが、悪い政策ではない。福祉政策ではなく景気回復策として、所得税減税と併用するといいだろう。


● ニュースと感想  (11月07日)

 「インフレ目標」を実施するにしても、その際、現実に物価上昇を起こすための方法として、何があるか? 「量的緩和」は「流動性の罠」ゆえに駄目。そこで、いくつかの方法が提案されているようだ。次のように。
 (1) 減税・バラマキ (中和政策
 (2) 消費税増税
 (3) 円安への為替介入

 この三つのうち、どれがいいか? それがよくわからない経済学者が多いようだ。そこで、説明しておこう。

 (1) の「減税・バラマキ」を唱えているのは、私のほか、前日のサミュエルソンや、「ヘリコプターマネー」を唱えるクルーグマンである。この方法のメリットは何か? 特に、ない。ただ、デメリットがないのである。この点が、以下の (2) (3) とは異なる。

 (2) の「消費税増税」は、明らかにおかしいとわかるだろう。消費税をどんどん増税すれば、たしかに物価はどんどん上がる。しかし、通常のインフレとは違って、所得は上がらない。「物価は上がるが、所得は上がらない」という状況である。ゆえに実質所得は(物価上昇の分だけ)どんどん減っていく。……このことは、「需要統御理論」の考え方を用いると、もっとよくわかる。「通常のインフレでは アメとムチは同量 だ」と示した。(つまり、プラスマイナスゼロである。) しかるに、消費税増税というのは、「ムチだけあって、アメがない」という状況である。ここでは、国民から国へ、所得の移転が起こる。国庫にどんどん税金が入る一方で、国民はどんどん貧しくなり、消費はどんどん縮小していく。かくて、景気は回復するどころか、悪化する。
( ※ そもそも、「増税で需要縮小」というのは、経済学の鉄則。毎年3%の増税なら、毎年3%総需要が減少する。現実には、デフレ効果で、それを上回る総需要縮小が起こる。)

 (3) の「円安」は、ちょっとわかりにくい。「円安で物価上昇して景気回復」というのは、たしかに、経済学的は成立するからだ。この点では、(2) のように「逆効果」ということはない。しかし、その裏で、デメリット(ひどい副作用)が発生するのだ。
 消費税増税では、「国民から国へ」という所得移転が起こる。一方、円安では、「日本から外国へ」という所得移転が起こる。これが本質的な点だ。
 話を極端にしてみよう。1ドル=120円 でなく、1ドル=1200円 という極端な円安が起こったとする。円の価値は 10分の1となる。 ここでは日本は発展途上国や中国並みとなる。すると、「人件費が 10分の1に下がった! 日本は国際競争力を持つ! 中国とも張り合える!」と企業経営者は大喜びするだろう。しかし、国民は悲惨である。どんどん働くことはできるが、いくら働いても、金を十分に得られない。名目上の収入は、少しは増えているだろうが、その円は 10分の1の価値しかない。いままではユニクロのフリースを 2000円で買えていたのに、今では 10倍の 20000円も払わなくてはならない。つまり、同じ生活水準を保つには 10倍も多く働かなくてはならない。仕方なく、国産品を買おうと思っても、たいていの物品は原材料の一部を輸入に負っているので、輸入コストの上昇の影響を受けて、国産品も大幅に値上がりしている。 (しかし賃金は上昇しない。)
 国民は悲惨だが、しかし、外国人は得をする。日本製品を大幅に安価に買えるようになるからだ。換言すれば、彼らは自分たちの生活のために、日本人を安価な賃金でこき使うことができるようになる。
 結局、マクロ的に見れば、「日本から外国へ」という所得移転が起こっていることになる。外国の国民はどんどん得をして、日本人はどんどん損をする。
 結論を言おう。「円安」という方法は、たしかに、物価上昇をもたらすし、景気回復効果がある。だから、その点だけを見れば、狙い通りの効果は上がる。日本の企業と労働者はフル操業となるだろう。ただし、働くことはできても、所得の上昇がともなわないのだ。「働けど働けどなおわが暮らし楽にならざり」である。いわば、日本の途上国化であり、日本の奴隷化である。  ( → 9月29日
〔 ※ 仮に、日本がいまだ途上国で、供給能力がろくにないのならば、この方法で供給能力を増やす必要がある。しかし、現実には、日本には十分な供給能力があるのだ。だから、正しい政策は、「(供給を増やすために)自分の労働を安売りすること」つまり「日本が途上国になること」ではなくて、 (1) の「総需要拡大」なのである。〕

 【 結語 】
 物事は本質的に考えることが大事だ。単に「物価上昇が起こればいい」というふうに表面的に考えるべきでない。そもそも、不況の根本原因 は、何か? 「総需要の縮小」である。だから、これを解決する策が必要となる。それが本来の目的だ。しかるに、(2) の消費税増税は、「総需要の縮小」をもたらす。(3) の「円安」は、「外需の増大」をもたらす一方で、実質賃下げによって「総需要(内需)の縮小」をもたらす。……いずれも、本来の目的に反するのである。「物価上昇」が大切なのではない。本来の目的が大切なのだ。ここを勘違いすると、本末転倒となる。

 【 余談 】
 実は、(3) と本質的には同等の案として、4番目の案もある。それは「日本全体を米国にタダでプレゼントする」という、冗談半分の方法だ。こうなると、日本人は多額の献納金を支払わねばならないので、1日中、死ぬほど働かされる。日当として、十万円をもらうが、しかし、それは極端な円安で、1ドルの価値しかない。つまり、真に奴隷となる。それでも経済学者は得意になる。「ほら、失業は解消したでしょ。デフレも解消したでしょ。私の学説のとおりだ。大成功!」と鼻高々。文句を言う日本人がいたら、鞭でピシリ。 「十万円も払っているんだ。文句を言わずに、もっと働け!」 また鞭でピシリ。


● ニュースと感想  (11月07日b)

 財務省が増税を検討中。国債 30兆円の枠を守って、税収不足を補うためという。(読売新聞・朝刊 2001-11-06 )
 不景気のさなかの財政均衡主義。── これ、ケインズ以前の間違った経済運営の見本として、経済学教科書にも書いてあるはず。1世紀も前の古くさい亡霊を信じるとは。財務省の人たちってのは、どういう頭の持主なのだろう? 
( ※ その質問に対する解答は……財務省の人たちは、[東大]法学部出身なので、経済学のイロハも知らないんです。そういう人たちが日本の経済を運営しているわけ。だから、バブルを起こしたり、バブルを急激に破裂させたり、不況を十年も続けたり、不況を恐慌に深化させたりするわけ。……ま、ど素人なんだから、当然だな。無免許の人間がトラックを暴走させるようなもの。)
( ※ 「税率を上げれば、税収が増える」と財務省の主計官は思っているのだろう。たとえば、橋本内閣では消費税をアップした。で、税収は増えたか? たしかに消費税の分は増えた。しかし、所得税と法人税は激減し、失業手当などの義務的経費の支出が激増した。さらに不良債権処理や銀行の破綻防止のために、何十兆円もの国庫負担が必要だ言われる。── つまり、主計官の頭は、コンピュータ並みなので、たちまちすばやく「総額かける税率」という数字をはじくのだが、そのかわり、コンピュータ並みに、思考能力がゼロなのだ。)


● ニュースと感想  (11月08日)

 来年のペイオフ延期が議論されている。これに対して金融庁長官は「予定通りペイオフ実施」と言明した。理由は、「取り付け騒ぎなどの予兆は見られないから」である。(2001-11-06 朝刊・各紙。03日,07日の朝刊も関連記事。08日の読売朝刊も特集記事。)

 しかし、である。
 「不幸は続けてやってくる」
 という説がある。たとえば……
   1991年 雲仙で大規模火砕流。
   1995年 阪神大地震。
 古いところでは、
   1923年 関東大震災。
   1930年 昭和恐慌。
 つまり、「数十年にいっぺん」という大不幸が、ほんの数年間を置くだけで、続けて発生する。「泣き面にハチ」のようなものだ。
 さて、ここ十年間は、戦後未曾有の大不況だ。ここに「泣き面にハチ」の大問題が起こるかもしれない。振り返ってみれば、米国のテロも、「泣き面にハチ」のうちのひとつかもしれない。さらに今後、次々と続くかもしれない。
 ノストラダムスばりの大予言(?)をしておけば、ここ数年の範囲で :
   米国以外(欧州?)でも、大問題が発生。
   日本でも、大問題が発生。(大地震?)
 次の関東大震災は近いうちに生じるかもしれない。それによって日本は壊滅的な打撃を受けるだろう。あらゆる企業が赤字決算となる。「銀行倒産」という真実味ある噂が出ると、携帯電話で日本中にたちまち広がる。ペイオフ実施中なので、取り付け騒ぎが1日で全国に発生。たちまち 金融恐慌から 恐慌に転じる。このとき「不良債権処理を断固として進めよ!」という号令のもと、全企業が倒産。国民は全員失業。……国民は全員無収入となって、借金漬けで、奴隷状態。収入がないので国は紙幣を大量に印刷した結果、年率 1000%のインフレに。ほとんど無政府状態。
 最後に、国土はすべて外国に買収される。どこに? もちろん、米国だ。その証拠は? ほら、今、米国大統領が小泉に、しきりに命令しているじゃないですか。「不良債権処理を早急に進めよ」と。かくて、上記のシナリオが実現して、日本はすべて米国に二束三文で買収される。 (前日の 冗談半分 が現実味を帯びてきましたね。)
 国民は奴隷状態だが、小泉だけはニンマリ。「これで日本は米国の 52 番目の州となるぞ。私も米国人になれる。なんてったって、アメリカン。イェーイ!」と Vサイン。……けれども小泉の希望に反して、 52 番目の州でなく、属領扱いにしかならない。プエルトリコ並み。奴隷にふさわしい待遇。


● ニュースと感想  (11月08日b)

 「日本はこの先、まったく不透明だ。どうしたらいいんだろう」という解説記事。(朝日新聞・朝刊・経済面 2001-11-07 コラム「描けぬ次の秩序」)
 わからないの? 朝日のために、教えてあげると :
 です。こんなこと、簡単なんですけどね。
 朝日の別の解説記事では、「景気回復と構造改革の両立という困難な課題」とか、「“構造改革で景気回復”というシナリオが狂って困った」というふうに述べている。これも、話が逆です。「構造改革で景気回復が進む」のではなく、「景気回復で構造改革が進む」のです。
 理由は、次の箇所。
   ・ 景気回復によって構造改革
   ・ 景気回復によって生産性の向上
 逆に、間違った妄想は、次の箇所。
   ・ 不況によって産業効率の向上 (妄想)
 参考としては、次の箇所。
   ・ 技術革新によって、労働生産性がかえって低下する


● ニュースと感想  (11月08日c)

 米国金利下げ。0.5% の幅。( 2001-11-07 夕刊各紙 )
 FRB(米国連邦準備制度理事会)は、追加利下げの可能性も示唆したとのこと。

  ※ FRBの考え方は、私に近いわけ。
     ( → 需要統御理論による米国景気回復策


● ニュースと感想  (11月09日)

 「減税しても、不景気のさなかでは、貯蓄にまわるだけだ。だから減税は、景気回復には効果がない」という説がある。 (中和政策への批判)
 これは、部分的には正しいが、真の意味では正しくない。……次の (1) (2) (3) で詳しく説明しよう。

 (1) 減税に「インフレ目標」を組み合わせるべきだ。さもないと、消費の刺激が起こらない。
 米国で 2001年夏の減税は、あまり効果を発さなかった。秋のテロの不安心理のなかで、人々が急速に消費意欲をなくしたからである。だから、この際、需要統御理論 にしたがって、消費を促進する必要がある。つまり、物価上昇をもたらす必要がある。今はまだゼロ金利になっていないので、「流動性の罠」に嵌まっていない。だから、量的緩和(利下げ)による物価上昇が可能である。そこで、5%程度の物価上昇を短期間続けることで、危険で不安定な状況から脱することができる。 (物価上昇の痛みは、現在の大量失業の痛みよりは、ずっと小さい。賃金も同率以上に上昇するから、問題は少ない。)

 (2) 減税の規模を、十分大きくするべきだ。(十兆円以上。) さもないと、効果を発揮せずに蒸発してしまう。(焼け石に水)
 このことは 第3章(前) において、「大きな力」という言葉で詳しく説明した。不況脱出という目的のためには、小さな不況のときは、小さな力で十分だが、大きな不況のときは、大きな力が必要なのだ。大きな不況のときに、小さな力を出しても、効果を発することなく消えてしまうのである。小錦に小学生が向かっても、はじき飛ばされてしまう。100回やろうと、1000回やろうと、無駄である。「こんなに努力したんだ」「合計してこんなにコストをかけたんだ」といくら主張しても無意味である。小錦を押すには、小さな力を何千回も出しても駄目だ。曙か武蔵丸のような大きな力を、1回だけ出すことが必要なのだ。── 第3章の図で言えば、不安定構造(凸状)の端っこに落ちたら、そこから中央に這い上がるには、大きな力を発揮する必要があり、小さな力では何十回やっても、また端っこに落ちてしまうのだ。「無駄なあがき」である。 ( → 「落ち込んだ場合」
 何回やっても失敗に終わったのを見て、経済学を半分わかったつもりの人は、「減税は無意味だ」と結論する。そうではない。「小さな規模の減税は無意味」なのだ。事実を見誤ってはいけない。小学生が小錦にはじき飛ばされるのを見て、「小錦を押すことは誰にもできない」(ゴジラさえできない)と即断してはならない。そう即断したあげく、「対策は無駄だ。諦めよう。坐して死ぬのみ」などと主張する経済学者は、ホラ吹きであるだけでなく、悪質な煽動者である。彼らは自己の無知によって、日本を破滅させようとしているわけだ。 (たいていのマスコミがそうですけどね。)

 (3) 減税の効果が信用されるようにする。
 減税の効果が信用されれるような、裏付けのある方法を採るべきだ。これについては、別項で述べたので、そちらを参照。 → 「第3章 効果の確実性

 【 補正予算について 】
 「補正予算を! 4兆円規模で!」
 という声がある。しかし、これが無意味なことも、上の (2) と同様である。4兆円程度では、焼け石に水で、無駄に消えてしまうだろう。実際、そのことは、これまでの景気刺激策(小渕内閣などの公共事業)が、何ら景気回復を果たさず、無駄に消えてしまったことで証明される。 ( → 消費の縮小は数十兆円規模
 では公共事業を増やせばいいか? いや、官需は、あまり多くは増やせない。民間の受け入れ能力がないからだ。( → 戦争ならば別だが
 そもそも、公共事業というものが問題なのだ。「経済波及効果が 1.0 ないし 1.1 程度しかない」という点で、効果が乏しい。こんなことをやっても、国の借金が莫大に増えるくせに、個人の財布がさして豊かになるわけではないから、人々は消費を増やそうとはしない。だいたいね、国の金を4兆円使って、そのうち1割ぐらいが人々の財布に環流するからと言って、誰が喜びますか? 残りの9割は、「干拓してから海に戻す」というような無駄に消えてしまうのだ。そのツケはすべて国民へ回す。仕事が増えて十万円をもらうが、その背後では百万円の借金ができる。げっ。
 だからこそ、公共事業などをするより、個人の財布に金を渡す必要があるわけだ。 ( → 政府か国民か
 とにかく、不況の原因として、「個人消費の大幅縮小」という事実を知ることが大事だ。となると、景気回復策は、「個人消費を」「大幅に拡大」である。なのに、「個人消費以外のものを」とか、「小幅に拡大」とか、そういうマトはずれな方法では、効果がないのである。


● ニュースと感想  (11月10日)

 朝日新聞論。
 朝日新聞というのは、他のマスコミとは違って、非常に良心的であると思う。「正しいこととは何か?」ということを常に考え、政府が暴走しようとするのを押しとどめる。「良心的であれ。おのれの良心を信じよ。長いものに巻かれるな」という社訓があるかのようである。
 ただし、朝日は他人への批判は鋭いが、自分への批判が欠落している。他人の欠点はよく見えるが、自分の欠点はよく見えない。その最たるものは、「人間的な優しさ」が欠落してることだ。
 朝日の記事を読むと、本当に「秀才が書いたものだ」という印象を強くする。秀才がペラペラと理路整然と記述する。見事な論理で首尾一貫している。しかしそこには、人間としての血や涙がないのだ。
 「米国が戦争で人殺しをするのはけしからん」と朝日は主張する。そうして正しいことを主張していると思い込んで、自己陶酔している。しかし、自分自身はどうか。今や、日本では、多くの民衆が次々と悲惨な目に遭っているのだ。倒産・失業・自殺・母子家庭化・中途退学……。なのに、そういうものをほったらかして、対岸の火事に大騒ぎしている。彼らには、自国の悲惨な人々の状況がろくに見えないのだ。人々の痛みを感じることができないのだ。まったくもって、「人間的な優しさ」が欠落している。
 朝日はこう言う。
「どれほど景気が悪化して、どれほどデフレが深刻化しようと、かまわずに、構造改革を突き進め! 構造改革という理想のためには、現実など無視してかまわん。人々の痛みなどにかまわず、理想に向かって突き進め!」
「ペイオフは公約だ! 公約を遵守せよ! そのせいで金融恐慌になろうと、とにかく公約を守れ! それが正しい!」
「物事の筋を通すのが大事だ! そのために、不良債権を処理せよ。それで景気が悪化して、どれほど失業者が出ようと、どれほど自殺者が出ようと、とにかく物事の筋を通せ!」
「失業者をどんどん出しても、セーフティーネットで、金や職を恵んでやればいい。貧民に恵んでやるなんて、おれたちって、なんて心が優しいんだろう。」
 ── 朝日はそう考える。(まるで政府の提灯もちのように。)
 しかし、である。今の日本が悲惨なのは、人々が悪いのではない。政府が無知ゆえに、正しい経済政策を採らないからだ。逆に、米国政府の真似 をすれば、米国の株価のように、景気回復効果は出る。なのに、米国政府とは正反対の政策を採って、株価や景気をどんどん悪化させていく。なるほど、政府は無知である。そして、無知な政府を無知なままにしておくのは、マスコミが自らの責務を果たさないからだ。「情報の伝達」という自らの責務を。
 今現在の不況の責任は、第一義的には、政府にある。しかし、政府はもともと経済音痴の集団なのだ。無知なところは、猿も同然である。猿が正しい経済運営をしていないからといって、「猿はけしからん」と怒っても仕方ない。だから私は、政府にいるライオンやタヌキや老ネズミは責めない。── 今の日本に莫大な不幸をもたらしている責任者は、マスコミなのだ。そのなかでも、対岸の火事ばかりに熱中していて、自国の巨大な不幸をほったらかしている朝日の罪は非常に大きい。「不況を放置する」というのは、「不況を深刻化する」というのと同義なのだから。
 朝日は猿ではない。彼らは賢明である。彼らには知性がある。ただし彼らには、「人間的な優しさ」が欠如しているのである。頭でっかちになったあげく、いびつな眼鏡をかけてしまっている。遠くにいる不幸な人々の姿はよく見えるのだが、足元にいる不幸な人々の姿は見えないのである。真の優しさが欠如しているゆえに。
( → 10月28日d マスコミの責任10月24日 政府の無知


● ニュースと感想  (11月10日b)

 政府が補正予算案を提出したのにともない、財務相が財政演説。
個人消費などの民需の拡大を図り、そのために、規制緩和や不良債権処理 などをする」のだそうだ。(2001-11-09 夕刊各紙)

 要約すれば、「規制緩和と不良債権処理 → 個人消費」という論理。
 呆れた。もう、論理がメチャクチャ。ひどい経済学音痴。
  ・ 規制緩和は、供給拡大策である。
  ・ 不良債権処理は、供給も需要も縮小する。
 どちらも、需要拡大の効果はない。また、仮に、需要拡大以外の何らかの効果が出るとしても、はるかずっと先の話だ。当面の「不況対策」のためには、スズメの涙ほどの効果も出ない。
 今の日本の経済運営は、こういうデタラメがまかり通っているわけだ。そして、それを指摘しないマスコミも、何をか言わんや、である。

( ※ 読売は「第二次補正予算や、追加的金融緩和」などを主張している。でもね、公共事業量的緩和 も、今は効果がゼロなんです。ゼロをいくらたくさん足してもゼロだと理解しましょう。)

( ※ 朝日の同日・夕刊コラムの一部に、リチャード・クーの著作の紹介などがある。なぜか珍しくまともな内容。全然、朝日らしくない。……と思ったら、筆者は、本社の人ではなくて、静岡支局の人。もしかしたら、本社の方針に反する意見の持主なので、左遷されたのかな? 私が朝日に入社していたら、今ごろ、便所掃除でもやらされていただろうね。)


● ニュースと感想  (11月11日)

  経済財政諮問会議は、専門家の集団なのに、なぜ正しい経済運営をできないか?
  専門家は一人しかいないのが実情。
  民間人の顔ぶれを見ると:
    Y教授 …… マクロ経済学(労働問題なども)
    H教授 …… 公共経済学(医療問題など)
    その他 …… 会社社長など
  政府の顔ぶれでは:
    竹中  …… 政治経済学(経済と政治の橋渡しだけ)
    小泉  …… 経済学の赤ん坊
    塩爺  …… 赤ん坊の乳母役

 つまりは、経済学(マクロ経済学)を知っている人は、一人しかいないという、素人集団であるわけだ。
( ※ ついでだが、H教授は、先日、「自動安定装置」という言葉を間違った意味で使った。高校生程度の経済知識も、ちゃんともっていないと、バレてしまったわけ。アラ探しはしたくないので、批判はしないけどね。情けないな、まったく。ついでに言えば、間違った言葉づかいをそっくりそのまま報道する新聞も情けないな。虚偽を報道すれば、世間が虚偽を信じてしまうのに。間違いのチェックができないのは、新聞記者もまた無知だから。結局、日本は無知の集団によって動かされているわけ。)

 《 余談 》
 田中外相批判が世間をにぎわせている。
 なるほど、彼女はたしかに無能だ。外務省は機能喪失している。で、それで、誰が困りましたか? もともと外務省なんて、ろくに機能していなかったじゃないですか。少なくとも私は、田中外相のせいで1円も損していませんけどね。あなただって、そうでしょ?
 で、小泉はどうなのだ? 政府そのものが機能喪失している。一番肝心な経済政策が、まったく無策だ。いや、逆に、状況を悪化させている。
 普通なら、とっくに小泉はクビになっているはずだ。そして景気回復を現実化する別の人が宰相になっているはずだ。なのに、なぜ、そうならないか? ……マスコミが小泉に輪をかけて、ひどいからだ。11日の朝日と読売の朝刊を見ると、「景気回復のために構造改革をさらに推進せよ」というような妄想をふりまいている。無知が御輿(みこし)を担いで、無知な政権がいつまでも続く。踏みつけにされた国民は、ボロボロ。
( → 10月22日 構造改革の是非


● ニュースと感想  (11月11日b)

 朝日新聞・夕刊 2001-11-10 「ウイークエンド経済」コラム。中谷巌氏の見解。
 「株価向上には、株価操作したって、駄目だ。企業収益を向上させるのが肝心」と述べている。これは正しい。 ( → 11月04日b の後半 )
 続けて言う。「なぜ企業収益が 90年代に急激に悪化したかが問題だ」と。それはそうだ。しかし、疑問を出しても、解答がわからないでいる。それで、「企業の体質が駄目だからだろう」なんていう推測をしたあげく、「だから企業の体質を改善すべきだ」と構造改革みたいな主張をする。
 しかし、考えてみよう。90年代、企業の収益が急激に悪化したのは事実だ。では、企業の体質は、急激に悪化したか? そんなことはないはずだ。最悪でも、現状維持であろう。実際には、90年代には企業は大幅なリストラをやっていたし、大幅に体質改善していた。
 つまり、上記の意見は、見当違いであるわけだ。(こんなことは、実際の企業の経営[リストラ]を理解していれば、すぐにわかりそうなものだが。ま、氏は、ただの机上のエコノミストで、実際の企業経営を知らないので、そういう現実離れした推論をするのだろう。)

 では、正解は? 90年代、企業の収益が急速に悪化した。それはなぜかというと、生産性が急速に悪化したからだ。では、なぜ生産性が急速に悪化したか? それは、このホームページの次の箇所に書いてある。これは好況の話なので、話を逆にすれば不況の話になる。 ( → 生産性の向上の理由について

 そもそもの話、「企業体質の改善」というのは、「供給サイド」の経済学である。需要不足が原因の不況のときに、供給改善を唱えるところからして、根本的にトンチンカンであるわけだ。
 朝日もね、メチャクチャな話ばかり掲載しないで、たまには、まともな話を掲載してはいかが? 今のままだと、誤報ばかりの三流紙ですよ。 ( → 11月08日b


● ニュースと感想  (11月12日)

 「小泉ボンド」構想が浮上。( Yahoo 毎日新聞
  ・ 国有財産の売却を財源とする国債発行。
  ・ 使途を構造改革分野に限定。

 これはもともと 11月07日・読売新聞・朝刊・投書面で提案されていたが、あまりにも馬鹿らしいので、私は言及せずに無視しておいた。それを採用しようとするとはね。呆れる。
( ※ なお、政府がこういう馬鹿げた案を採用しようとするのは、マスコミが馬鹿げた案を提案するから。諸悪の根元はマスコミ。)

 (1) 国有財産の売却
 なるほど、国有財産の売却ならば、「国債 30兆円」の枠にこだわらずに済む。しかし、それだけだ。いったい、帳簿の項目操作以外に、何の意味があるのか? どんな形の国債でも、借金は借金だ。「借金はしないで済む」などと考えるのは、狂気の沙汰だ。
 ま、そこまでは、子供でもわかる。問題は、「国有財産の売却」だ。これこそ狂気の沙汰だ。タコが自分の足を食うのも同じだ。自分の足を1本切って、それを売って、「借金しないで済んだ」などと喜ぶ馬鹿がどこにいるのか? (政府にいるな。)
 今は株価が暴落している。こういうときに、政府の所有する大量のNTTやJRの株を大量に売れば、株価はさらに暴落する。景気はどんどん悪化する。いったい、「景気悪化策」などを取って、どうするつもりなんですか? そんなに日本を不況のどん底まで落としたいんですか? 「株価向上」という株価操作ならまだわかるが、「株価暴落」という株価操作をするとは。もう、絶句。

 (2) 使途を構造改革に限定
 なるほど、「従来型公共事業」に使うのは、駄目だ。しかし、だからといって「構造改革に使う」というのも駄目なのだ。「 100%の無駄」でなくなるだけマシだが、「 50%の無駄」になるだけだ。
 こういう意見は、ときどきマスコミなどにも見かける。「新分野での公共支出を」と。でもね、よく考えてくださいね。その金は誰が払うんですか? 私たち国民なんですよ。政府が国民の財布の金を勝手にもぎとって、それを勝手に使う。使う分野が、建設業ではないというだけだ。とにかく、ITであれ、新産業であれ、医療であれ、私たちの金を勝手にもぎとられるということには変わりはない。しかも、無駄であることも変わらない。政府の一般業務なら、必要な経費と認めることができる。しかし、今さら急に思いつくような使途など、不要不急のものであり、効果もあやふやだし、たいていは無駄なのだ。 ( → 無駄の例 : パソコン講習会
 しょうがない。政府が無駄づかいをするなら、私たちは、金をもぎとられる分だけ、自分たちの消費を減らさざるを得ません。かくて、消費性向はますます低下していきます。不況はどんどん悪化していきます。「景気回復策」ならぬ「景気悪化策」。

 《 補足 》
 以上のように言っても、まだわからない人が多いだろう。そこで、もうちょっとわかりやすく述べておこう。
 今、あなたの目の前に、百万円あるとする。この金を、どう使ったらいいと思いますか?
 (1) 公共事業に使う。 (道路建設など)
 (2) 構造改革や新産業育成に使う。 (IT講習会など)
 (3) あなた自身が消費する。 (パソコンや自動車の購入など)
 この三つのうち、どれがいいと思いますか? いずれも、当面の景気回復効果は、ほとんど同じです。 (だから、エセ・エコノミストは「どれでも同じ」とアドバイスするかもしれない。)
 さあ、どれにしますか? マスコミの人なら、(1) や (2) を選択するかもしれない。でもね、その金は、もともとあなたの金 なんですよ。政府ってのは、自分では1円も稼いでいない。政府が使う金は、あなたの財布から奪うしかない。政府は自分の金を使うんじゃない。あなたの金を使うのだ。 それでも (1) や (2) がいいと思いますか?
 マスコミのみなさん、よく考えてね。本当に (1) や (2) がいいと思う? もしそう思うのなら、ただちに思ったことを実行しなさい。つまり、あなたの金をすべて政府に寄付しなさい。そうすれば政府が、あなたの望み通り、 (1) や (2) の形で無駄づかいしてくれます。つまり、あなたが必死に働いて稼いだ金を、政府が無意味な用途のために散財するわけだ。そしてあなたは一文無しになる。あなたは政府の奴隷になる。かくてあなたは自分の望んだとおりになる。
 ── 馬鹿げている、と思うだろう。そうだ。馬鹿げている。こういう馬鹿げたことを、堂々と主張しているのが、今のマスコミだ。あいた口がふさがらない、とは、このことだ。 (アゴが はずれちゃった。)

 ※ 正しい策は、次の箇所を参照。
  ( → 政府か国民か
  ( → 補正予算について

  《 翌日分につづく 》


● ニュースと感想  (11月13日)

 前日分の続き。
 「でもやっぱり、IT分野を促進するべきだ。IT分野は大切だ」
 と反論する声もあるだろう。そこで、説明を加えておく。

 IT分野に金を出すこと自体がいけないのではない。今さら急に思いつきで金を出すのがいけないのだ。たとえそれがIT分野だとしても、だ。
 たとえば、「パソコン講習会 」だ。こんなものに金を支出しようなんていうアイデアは、昔は誰も提案しなかった。それが、不況だということで、「とにかく金の使い道を考えなくちゃ」ということで、どさくさまぎれに、急に提案されだした。しかし、である。この費用対効果(コストパフォーマンス)を考えてみるがいい。一人あたり、何万円にもなる。それでいて、素質のない中年のおばさんたちが無理矢理教えられるのだから、ほとんど効果がない。自分にとって適性のないものなど、無理矢理教えられても、やる気にならなくて当然だ。かくて、大金がほとんど無駄になる。
 一方、同じようでも、一時の思いつきではなくて、長期的な計画というのもある。たとえば、学校のIT設備の拡充だ。全国の小・中・高校にパソコンを配備しよう、という長期的計画だ。現時点では、たいてい、1校に1教室(40台)である。これでは、週に1時間だけの授業だ。それでできることと言えば、マウスのクリックによるネットサーフィンを覚えるのが関の山だろう。パソコンでメールをまともに打てるとか、ワープロや表計算の基礎をちゃんとできるというのは、週に1時間だけでは習得は困難だろう。絶対に必要なブラインドタッチさえ習得できまい。だからこそ、「1人1台」が必要となる。そのためのコストは、たいしてかからない。1台 の価格は、昔は50万円もしていたが、今では 10万円でお釣りが来る。5年程度は使えるから、1人あたり年2万円で済む。それで1人1台が実現するのだ。(2人に1台なら、年に1万円だけ。) これで、1日中ほとんど使い放題なのだ。パソコン講習会などより、はるかに効果がある。対象は、パソコンの素養のない中年のおばさんではなくて、十代の若者なのだから、この点でも効果がある。残りの労働人生を考えても、若者の方が効果がある。
 結局、こうだ。「真に必要なもの」は、長期的計画ができている。だから、その計画をどんどん進めればよい。それならば費用対効果が高く、金は無駄にならない。一方、今さら急に思いついたことに支出しても、それは費用対効果が低く、金は無駄になる。
 「思いつきでは駄目」── これは、どんな分野についても当てはまることだ。にもかかわらず、小泉は、「景気回復のため、うまいアイデアを出せ」と言う。しかし、そんなことを言ったところで、思いつきのアイデアが出るだけだ。勘違いしてはならない。うまいアイデアなどは不要なのだ。ちゃんと経済学を知った上で、最も正統的な策を取ればいいのだ。
( ※ → サミュエルソンの提唱

 最後に、一言。
 物事は本質的に考えるべきだ。不況の原因 は何か? 個人消費が縮小していることだ。ならば、個人消費を拡大すればよい。それが本筋だ。なのに、世間にある意見は、「あ、そう。個人が消費しないのなら、政府が消費してやれ」というものだ。これは、本筋(拡大すべきは官需ではなくて民需 )を逸らしている。つまり、見当違いである。のみならず、思い上がりも甚だしい。「愚かな国民にかわって、政府がうまく金を使ってやる」という官尊民卑である。
 ま、もともと尊大な政治家が国民を馬鹿にするのは、当然かもしれない。しかし、その尻馬に乗って、あえて「国民の金を国に献上すべきだ」という意見がマスコミにあふれている。つまり、馬鹿にされたあげく、自ら馬鹿になりたがるわけだ。呆れたものだ。
 総需要(特に民需)が縮小しているとき、政府がなすべきことは、総需要(特に民需)を拡大することだ。国民の金について、具体的な細かな使途まで、いちいち政府が勝手に決める(官需に使う)のは、筋違いなのだ。余計なおせっかいだし、他人の財布に手を突っ込むわけで、泥棒行為ですらある。
 「需要の拡大── これだけが大事なのだ。国民としては、自分の金の使い道は自分で決めるべきなのだ。使途をいちいち政府に指図されることはない。なのに、そう主張せず、「政府に使ってもらおう」などと考えるのは、国民に自立的な判断力を放棄させることであり、国民を政府の奴隷にするようなものだ。民主主義の破壊ですらある。そういう「民主主義の破壊」をさんざん報道しているのが、今のマスコミだ。彼らは民主主義の敵ですらある。
( ※ ……ひどい悪口を言って、すみません。悪魔に鏡を見せたら、自分の醜悪さに驚いて、卒倒したそうです。)


● ニュースと感想  (11月14日)

 ネット証券の撤退。(2001-11-12 夕刊)
 この合弁会社は、東京海上火災保険(損保最大手)と、シュワブ(米国ネット証券最大手)との合弁で、東京三菱銀行(銀行最大手)も出資。最強の組み合わせだった。にもかかわらず、不成功で撤退。
 つまり、「IT分野の新規事業でバラ色」という夢が、ここでも破綻したわけだ。
 阿呆な妄想をもつのは、そろそろ、やめた方がいいと思うんですよね。「新時代の新規産業で景気回復」という「供給主義の経済学」は、ただの妄想なのだ。「需要が縮小しているときは、供給を増やしても駄目だ。需要を増やすことが先決だ」と理解することが大事だ。
 なのにいまだに、竹中も小泉も、「供給主義の経済学」を信じて、間違った方針に猛進する。
 マスコミは? 「補正予算でIT分野の新規事業を振興しよう」などという意見を出す。これはつまり、「需要が縮小しているときに供給を拡大して、将来倒産するはずの企業をどんどん生み出そう」というわけ。不良債権を、処理するためでなく、新たに作り出すために、税金を投入することになる。
 日本中、無知と素人がまかり通る。

 [ 付記 ]
 じゃ、どうすりゃいい? ネズミを嵐の濁流にどんどん投げ込んでも、ネズミが川を渡るわけじゃない。エサを目の前にぶら下げて促進しても駄目だ。まず濁流をなくすこと。それが根本的な対策だ。こんなこと、当たり前でしょ。
 ( → マラソン大会の比喩
 なのに日本全体を、集団自殺するレミングのように、濁流に呑み込ませようとしている人もいますけどね。 (その濁流の源泉は? 小さな泉です。)


● ニュースと感想  (11月14日b)

 長崎屋の再建案が、また練り直し。店舗の追加閉鎖。 (2001-11-12 夕刊・各紙)
 昨年2月に更生法を申請して以来、1年9カ月もたつというのに、いまだに、再建方針が決まらないし、再建スポンサーも決まらないわけ。
 これに関して、先日に述べたことを、再掲しておく。
( 要旨:不良債権処理で倒産させても、再建は困難だ。「劣悪企業の経営を立て直して、経営を効率化する」というのは夢想だ。)
 9月26日b
 「不良債権処理は大事だ。劣悪な企業はさっさと倒産させて、効率的な企業に再生した方がいい。『そごう』のように」という意見がある。
 なるほど、そごうなら、西武という優秀な助っ人が現れた。しかし、優秀な助っ人など、そうあちこちにはいないのだ。そごうの場合は、例外的だ。普通は、長崎屋のようになる。倒産させて、1年以上も、ほったらかし。いまだに処置が決まらない。死体をほったらかしているだけだ。これが、「企業再生」の実態だ。

 10月25日 後半
 不良債権というのは、日本中で、膨大な数になる。一つか二つだけならともかく、膨大な破綻企業に、再生のプロを膨大に投入できるはずがない。もともと、そんなにいないからだ。だいたい、並みの「再生のプロ」なら、元の経営者よりは悪くなるのが普通だ。たとえば、長崎屋は、いまだに「再生のプロ」が見つからずに、ほったらかしだ。うまく行った「そごう」は、西武グループに面倒をみてもらったわけで、例外中の例外である。
 ついでに言えば、比較的まともだったマイカルでさえ、いまだに再建案が決まらない。流通業というのは、もともと店舗と土地ぐらいしか資産がないから、非常に再建しやすい業種だ。それでも、なかなか再建案が決まらない。一般の工業やサービス業の会社(自社の技術を売り物にする会社)だと、条件はもっとずっと悪いので、「倒産して再建」などというのは、まず無理。かくて、「不良債権処理」を強引に進めれば、日本中が倒産の嵐となり、国民の大多数が失業する。
 「それでいい。みんな劣悪なら、みんな退場すればいい」とうそぶく人もいるかもしれない。
 さて、そういう主張を実際にやってのけた国がある。ソ連の崩壊直後のロシアだ。「市場経済と自由競争! 劣悪な企業を退出させて、産業の効率化を!」と、どこかの首相にそっくりなことを主張して、実行した。現実をかえりみず、あくまで原則にこだわろうとした。(いわゆる「原理主義」である。) あげく、大部分の企業体が倒産し、国民の大部分が失業した。貨幣が意味をもたなくなり、物々交換が復活した。国家経済の崩壊である。
 だからね。日本でも、退出すべきは、劣悪な企業ではなくて、劣悪な首相なんですけどね。「原理主義」が国を滅ぼすのは、アフガンでも、日本でも、同じこと。どちらにも、首謀者たる「ラ〓〓ン」がいる。


● ニュースと感想  (11月15日)

 朝日新聞・朝刊・経済目 2001-11-14 に特集コラム「テロは世界を変えたか」「マネー資本主義はどうなるか」というインタビュー。
 なかなか面白い。笑える与太としては秀逸である。朝日も私みたいに、ジョークを書けるようになっただろうか?
 しかし、記事をよく読むと、どうも、ジョークではなくて、本気でこれを言っているようだ。そこで、勘違いしないよう、朝日の読者のために、記事の補足をしておこう。「朝日新聞・番外編」みたいな読者サービスだ。

 まず、「グローバル経済とイスラム主義」なんていう三題噺みたいなテーマを出すところからして、落語じみている。内容もまあ、落語みたいなものである。経済学を無視しているし、素人の直感でおしゃべりをしているだけだ。いちいちコメントするのも馬鹿らしいほどだ。とはいえ、「市場万能主義の誤り」として、IMFや小泉の問題点を示すなど、正鵠を射たことも述べている。自分の欠陥は見えなくとも、他人の欠陥だけはちゃんと見えている。そこで、この話を読んで、勘違いする読者も出てきそうだ。
 はっきり示しておこう。「市場万能主義の誤り」というのは、正しい。しかし、それをもって、「グローバリズムは駄目だ」「グローバリズムを制限すべきだ」というのは、とんでもない勘違いである。
 IMFや小泉は「市場万能主義」で失敗した。それはそうだ。では、それは経済学の限界か? 主張者はそう思い込んでいるようだが、勘違いである。IMFや小泉は、間違った経済学を用いているから、失敗したのだ。経済学自体が問題なのではなくて、間違った経済学を使うのが問題なのだ。 ( → IMF批判 by スティグリッツ
 グローバリズムが失敗したからといって、「自給自足型にせよ」などと言うのは、「文明が失敗したから文明を放棄して原始時代に戻れ」と言うようなものだ。どんな文明にも、問題点はいくらかある。ならば、欠陥のある文明から、正しい文明に、改めればいいのだ。「文明を捨ててしまえ」などと言うのは、デマゴークも同然だ。(とにかく朝日はやたらとデマゴークふうの記事ばかり掲載するが。)

 以下、個別に、指摘する。
 (1) アメリカの経済を「過剰消費型」というのは認識ミス。たしかに消費性向は非常に高い。しかしこれは、統計上の問題にすぎない。貯蓄は、銀行預金をしないで、株式投資に回しているだけだ。「貯蓄しないで浪費する」というわけではないのだ。 ( → 10月07日
 (2) 「消費過剰で浪費する、という歪みが顕在化したのが、現在のアメリカ景気後退の本質だ」という見解。経済学では、こんな人生論みたいな見解は取らない。「テロの影響で、消費心理が急速に低下したから、消費が急激に縮小した」というだけのことだ。「アメリカは浪費しすぎている」という人生論は、それはそれで成立する。しかし、それで「浪費をやめよ」というのは、あくまで長期的な人生論の話だ。いま急激に消費が縮小したこととは、何の関係もない。 (ついでに言えば、米国でも 正しい経済学 を使えば、縮小した消費を元の水準まで戻すこともできる。)
 (3) 「イスラムでは、労働の対価以上の報酬は受け取らないし、利子もゼロだ。これをを見習えば、市場経済は健全化する」という見解。ほとんど宗教論である。こんなことをやったら、まともな経済をもたないイスラム諸国のようになってしまう。「どんなに立派な成果を上げても報酬は労働の対価だけ」というのは、青色LEDを開発した中村修二氏に対する強圧的な会社側の主張と同じだ。巨大な成果を上げた技術者を奴隷のごとく扱い、すべては会社が独り占めする。こんなことをやっていては、まともな経済は育たない。また、「利子をゼロに」というのは、「流動性の罠」を恒常化させようというもので、ほとんど狂気の沙汰だ。

 …… 以上の 諸点が主なものだ。なんだか、書いているうちに、馬鹿らしくなってきた。これほど幼稚な意見に反論すると、虚しくなるばかりだ。ちょっと。朝日さん。ダボラで紙面を埋めつくすのは、やめてくれませんか? 幼稚なダボラを平然と掲載する前に、自社でチェックしてくれませんか? そのために、ちゃんと経済学を勉強してくれませんか? 私は、朝日の読者サービスをするのに、いい加減、疲れてきた。

 [ 付記 ]
 リチャード・クーの新刊書 「日本経済 生か死かの選択」 が出ている。それをざっと読むといいだろう。私のページを読む前に、この本を読んでおけば、まっとうな経済学的な処方箋をおおよそ理解できる。いま書店に出回っている不況対策の書籍のなかでは、一番まともな内容である。ただ、この本にも、ところどころ変な記述( 古くさいケインズ主義 )が見られるが、それらの点については、私のページから、正しい知識 を補充すればよい。
( ※ 私のページを熱心に読んだ読者にとっては、上記の本は「知っていることだらけ」かも。ま、私のページの方が、分量もずっと多いし、話も詳しいしね。)


● ニュースと感想  (11月16日)

 倒産したマイカルの続報。(朝日新聞・朝刊・経済面 2001-11-15 )
 再建の引き受け手がなかなか現れない。ジャスコ,ヨーカドー、外資系、いずれも及び腰、とのこと。
 つまり、「劣悪な企業は倒産させて、再生させれば、うまく行く」というバラ色の主張が、実はただの夢想にすぎないことが、ここでも判明したわけだ。 ( → 前々日の 11月14日b

 同じ記事によると、マイカル倒産の波及効果は……
  ・ 負債は2兆3395億円。
  ・ 連鎖倒産は 35件。(この2カ月間で)
     (内訳:関連企業 19。一般取引先 16。)

 そごうに比べると、負債総額は6千億円も少ないのに、一般取引先の倒産件数が2倍にも上る、とのこと。不況が深刻化しているせいで、波及効果がどんどん大きくなっているわけだ。今後、不良債権処理をどんどん進めれば、波及効果はさらに大きくなるだろう。「日本中の全企業が倒産」というのも、現実になりかねない。最近、「優良企業」とされてきた企業が、どんどん赤字化している。(たとえば、ソニー

 【 追記 】
 マイカルは、21日ごろになってようやく、イオン(ジャスコ)が引き受けることで決着がつく方向になった。思慕していた米国スーパーに逃げ出されたり、ヨーカドーに嫌われたり、ジャスコにも仕方なしに渋々引き受けてもらったり……、というふうに、いかに引き受け手が少なくて迷走したか、ということが、読売・朝刊・経済面でも解説された。


● ニュースと感想  (11月16日b)

 読売新聞・朝刊 2001-11-15 の記事より、いくつかを抜粋。

 (1) 構造改革に反対する自民党国会議員の会が発足。構造改革よりも景気回復を、と主張する。「日本の危機を救い真の改革を実現する議員連盟」という、長たらしいネーミングの会。

 (2) 十月の企業の倒産の調査。倒産件数が 1900件を越えたが、これは 84年以来、17年5カ月ぶり。バブル破裂後では最悪で、戦後でも3番目。2001年の1月〜10月の累計では 16085件。この分だと年間で 20000件を突破しかねない。年間数では、戦後2番目に多かったのは 98年の 19171件だが、それを上回りそうだ。なお、倒産原因の多くは、経営に失敗したからではなく、単に売上げが減少したから。

 (3)日本の労働生産性の調査。先進国(7カ国)中で最低。製造業は米国に次いで2位だが、低能率の農業やサービス業が、全体の労働生産性を下げているとのこと。
 ……これを、どう解釈する? 「低能率の農業やサービス業でこそ、構造改革をなすべきだ」ということ。なのに小泉は、農業には全然手を付けない。それでいて、工業系の会社を次々と赤字にしてつぶしている。やっていることが全然、あさっての方向を向いている。

 【 続報 】
 (1) の会は 16日に正式発足。「日本の危機を救い真の改革を実現し明るい未来を創造する議員連盟」(未来創造議連)という。約 50人の規模。不良債権や特殊法人についての提言をまとめるそうだ。小泉ではなくて不況を敵とするとのこと。
 小泉はこれを「抵抗勢力」と受け止めているようだ。実際、顔ぶれを見ると、その様相もある。まともな経済学的な知識は? どうも、あまり期待できないようだ。残念。


● ニュースと感想  (11月17日)

 不良債権処理の実態。(朝日新聞・朝刊・社会面 2001-11-16 )
 「不良債権処理」の名の下に、存続できる企業さえも、銀行が無理矢理つぶそうとする、という実態を調査して報道している。「これじゃ駄目だと指摘しているのに、政府も世論も聞き入れない」という識者の評も。
 実にまともな報道。だけど、読んだとき、目を疑いましたねえ。朝日がこういう真実の報道をするなんて。嘘とデタラメばかりを報道する朝日が、なぜ? どうして? 不思議。
 よく見たら、社会面だ。社会部の人が、事実を足で調べて報道するわけだ。一方、経済面と社説は、「自分が絶対正しい」と思い込んでいる人たちが書く。というわけで、社内でも、意見が別になるわけだ。納得。
( → 11月10日 朝日新聞論静岡支局の人


● ニュースと感想  (11月17日b)

 成毛・元マイクロソフト社長が、なんだか人気である。
 朝日新聞・朝刊・総合面 2001-11-13 によると、朝日の 12月のシンポジウムで発言者になるとのこと。
 また、村上龍の経済サイトの座談会 でも、発言している。それによると、一種の投資ファンドを設立するようだ。ベンチャーキャピタルとは違って、中堅企業と対象とする。企業買収とは違って、部分的な出資にとどめる。……ということだ。
 なんだか、おいしそうな話に思えるらしく、人気が出るのだろう。「これで日本経済再生ができるかも」と思う、新聞社やサイトが出てくるようだ。
 これは、ミクロ的な話としては、悪くはない。ただし、マクロ的に経済状況を見れば、最悪に近い。詳しくは、すでに説明済み。
 (1) 新規企業の育成の場合 → 9月23日
 (2) 破綻企業の再生の場合 → 11月14日b

 いったい、どういうつもりなんでしょうねえ。これで何千億円も集めるつもりだとは。「詐欺師」とか「ペテン師」とかは言わないけれど。……
 よく読むと、本人は、こう述べている。
「我々のビジネスというのは、単純に日本企業のマネジメントが停滞していた分の隙間産業に近いところがあります。」
 隙間産業。つまり、あくまで隅っこ(ニッチ)で、小さく活動することが目的であるようだ。それなら、わかる。誰も食べない死肉やクズ肉を、ひそかに食いあさるハイエナのような動物も、それはそれで存在意義はある。とりたてて悪いことをしているわけではない。ただし、ここを勘違いして、「これは素晴らしい」などと報道するマスコミやサイトが出ると、甘い言葉に引っかかって、大損する人が続出するだろうな。

 《 続報 》
 朝日新聞・朝刊・経済面 2001-11-17 によると、(リップルウッドなどに代表される)企業再生ビジネスの、国内版が出てきたとのこと。「プリンシパル・ファイナンス」というビジネス。多数の投資家から資金を集める「投資ファンド」とは違って、自己資金を用いるとのこと。
 これは、全然悪くない。たとえ失敗しても、自己資金であれば、誰にも迷惑をかけない。自分が損するだけだ。また、それだけの自覚があるので、「再建のプロ」を何が何でも呼び寄せたりして、本気で仕事をやる。
 一方、「投資ファンド」というものは、そうではない。ファンドが成功しようと失敗しようと、直接自分の損得とは関係ない。自分ではリスクを負わない。だから本気で仕事をやるはずがない。……そう言えば、証券会社の販売する「株式投信」というのも、同様だ。「銀行利率よりもずっとお得ですよ」と宣伝して何千億円も集めたすえ、損を出したら、「失敗してごめんなさい」と謝罪しておしまい。だまされた客は、踏んだり蹴ったり。ま、甘い言葉を信じて、だまされる方が、悪いのかもしれない。 (だから世間に、詐欺師がはばかる。)

 【 教訓 】
 詐欺師というものは、「お得ですよ。大儲けしますよ」と甘い言葉をささやいて、他人に金を出させる。しかし自分は決して金を出さない。「そんなに儲かるなら、自分で金を出せばいいだろ」と注意するのが普通だ。しかし欲を張った人間は、コロリとだまされる。


● ニュースと感想  (11月18日)

 英語の話。(朝日新聞・朝刊・経済面 2001-11-15 )
 日産自動車では、社内の公用語が英語になってきている。社内文書も、正本は英語で、日本語が副本。社員同士でも「英語らしきもので話している」とのこと。(塙会長講演)
 この話のミソは、「英語らしきもので話している」というところ。「下手でもいいから、伝わればいい」というわけ。
 これは、まともである。海外の職場へ留学した人ならばわかるだろうが、職場で必要とされる英語力というものは、あまり高くない。専門用語さえ覚えておけば、あとは高校レベルの英語力で何とかなる。アメリカのような多民族国家ならば、フィリピン人や中南米人があふれているから、いい加減な文法なども日常的である。「下手でもいいから、伝わればいい」というので十分なのだ。「習うより慣れろ」だ。かくて日産では、「下手な英語を日常的に使う」わけだが、このことで、社員の英語力は急速に向上しているとのことだ。 ( 注 : なんだか皮肉っぽい書き方だが、誉めているのである。)
 さて、ひるがえって、パソコン会社のF社やI社は、どうか? やはり「英語力重視!」と唱えている。ただし、そのための方法として、「英語力で社員を査定」という方法を取った。「正しい英語力を身につけると昇進」というシステムだ。かくて、社員は毎日、英語のレッスンをするようになる。社員の「学校英語力」は向上した。といっても、読み取り力や聞き取り力はいくらか向上したが、いまだ、ろくに話せないままである。しかも、英語に熱中するあまり、本業がおろそかになる。F社がいかにひどいありさまになっているかは、ご存じの通り。かつては二大勢力のうちのひとつだったが、今や失敗作続きで、2位の座を新興勢力のソニーに脅かされている。遠からず、ソニーに抜かれるだろう。 ( → 参考ページ : F社の現状
 なお、F社やI社に勧告しておこう。「英語力で業績向上」と本当に信じているのなら、理系技術者を全員クビにして、文学部英語科出身の人を雇えばよい。みんな英語がペラペラだ。だから、すばらしい技術力(?)を発揮するだろう。これまで見たこともないようなすごい製品ができるに違いない。消費者もきっと感嘆の声を上げるだろう。「こんなに英語力の発揮された製品は見たことがない。これはきっと、日本製ではなくて、インド製かフィリピン製に違いない!」と。
( → 第2章 にも、英語や企業体質の話。)


● ニュースと感想  (11月19日)

 最近、日産のゴーン社長が話題になっている。「改革の成功例」と見なされているらしい。小泉の民間版、というところだろうか。しかし、である。日産の現状は、どうだろうか?
 なるほど、ゴーン社長は、日産を倒産から救った。ただしコストカットをして原価を下げただけだ。製品はあいかわらず不人気なままで、シェアは低下するばかり。売れ行きベスト 10 に、1車も入らなくなってしまった。人気車を連発するトヨタやホンダから圧倒的に引き離されている。来年投入される新型車(マーチ)も、大失敗確実である。なぜなら、誰もが「グロテスク」と感じる、カエルふうのデザインだからだ。 (あの奇怪な目玉は、誰かの顔を真似たのかもしれないが。ついでに言えば、プリメーラの鼻の穴も、誰かの顔を真似たのかもしれないが。……)
 ともあれ、「社長の顔をモチフ化する」という現在の路線が続く限り、日産の復活はありえまい。
( 詳しくは → 日産のゴーン改革

 【 余談 】
 ついでだが、もし私が日産の社長になったら、あっという間に業績を改善することを、公約します。
 そんな公約を聞いた読者は、疑いの目を向けて、「どうするつもりだ?」と質問するだろう。── 実は、答えは簡単。「市場の声を聞くこと」、つまり、「消費者の望むものを提供すること」だ。
 今の日産はそれができていない。消費者の声を徹底的に無視している。自分のいいと思った独りよがりなものを、無理やり押しつけるだけだ。だから失敗する。
 駄目な企業というものは、すべて、このパターンだ。「自分のいいと思った独りよがりなものを、無理やり押しつける」── これは、どこかの首相も、「構造改革」という製品で、やっていますけどね。結果は、不況の深刻化という、大失敗。
 ではなぜ、この首相は、こんなゴリ押しをするか? 「供給は需要を生み出す」と信じているからです。「政策をどんどん供給すれば、世間はそれをすべて素直に受容する」と。……独裁者ってのは、みんなそう考えるものです。「自分のやっていることは、絶対正しい。うまく行かなかったら、現実の方が間違っている!」
( ※ なぜ独裁者政権が続くか? それは、マスコミが独裁者を支持して、批判の声を報道しないから。 → 11月10日


● ニュースと感想  (11月19日b)

 デザインのセンスのない会社は、美的な素養を身につけましょう。
  → 世界の有名美術 (英文)
 その他の美術ページは、分野別の検索サイトから。(英語で)


● ニュースと感想  (11月20日)

 構造改革をめぐる事実報道。(朝日新聞・朝刊・1面 2001-11-18 )
 「小泉は、『サービス業が増えている』というが、その実態は? 実は、工場の従業員をクビにして、低賃金の派遣社員に切り替えているだけ。『サービス業が増えている』というのは、表面上のことだ。本当は、仕事の内容は同じで、労働者の待遇が悪くなっているだけ」
 これは、朝日には珍しく、本質を見抜いた報道だ。表面的にだまされず、奥を見通している。びっくり。小泉の「構造改革」の提灯もちばかりをやっている朝日が、なぜ? 信じられぬ思い。
 最後まで読んで、氷解した。記者は「くらし編集部」(家庭部?)の女性記者。経済部でも論説室でもない。だから、足で調べて、事実を書くわけだ。この点、先日の社会部の記者と同様だ。( → 11月17日
 ……というわけで、一瞬、朝日に期待したが、やはり、夢想だったようだ。朝日の中核は、「社会的弱者を救うために、景気を回復しよう」なんて、ただの一度も報道しないのだ。鬼ですね。 (トルシエのことじゃないよ。)

( ※ なお、追加解説しておこう。派遣に切り替えると、賃金が低下する。だから、労働生産性はどんどん低下する。仕事は増えても、低賃金になるだけ。日本の途上国化だ。……つまり、小泉の「構造改革」は、狙いとは逆のことを実現しつつあるのだ。国民は不幸になるばかり。)


● ニュースと感想  (11月20日b)

 竹中が孤立している、との報道。(朝日新聞・朝刊・経済面 2001-11-19 )
 かくて、「整合性がない」と英国のフィナンシャル・タイムズ紙に批判される始末だ、とのこと。
 で、どうするべきか? 記事では第三者のコメントとして、「改革の全体像を示すべきだ」と述べている。── 「改革の全体像」? そんなものなら、政府がすでに示している。次のように。
 「あと2〜3年もたてば、効果は出るだろう。しかしそれまでは、景気は回復しない。特に来年度は、景気は悪化するばかり。これは、改革の痛みだから、我慢してくれ」
 と。つまり、政府としては、当分の間、不況を悪化させる、ということだ。たとえば、緊縮予算を取ったり、不良債権処理をしたり、ペイオフを実施したりして、どんどん不況を深刻化させる。国民に犠牲を強いる。国民の財産と生命を大幅に奪う。それが「改革の全体像」だ。
 政府はそのことをちゃんと示している。なのに、肝心の点を報道しないんですよね、朝日ってのは。

 では、では、景気回復の正しい方法は? 竹中と朝日のために、簡単に示しておこう。次のようにすればいい。
 めでたし、めでたし。景気が急速に回復するので、不良債権も激減するし、失業者も激減する。また、税収増で国庫も大幅に潤う。
 では、そのポイントは? 「単年度では財政赤字が増えるが、数年間を見れば財政赤字は激減する」ということ。小泉は、単年度の赤字縮小にこだわっているから、正しい経済運営をできないわけだ。
 どこかの未開民族は、4より多い数は数えられない。小泉は、1年より長い年数を数えられない。そういうこと。


● ニュースと感想  (11月20日c)

 奨学金と米百俵を結びつけた、二題噺のような社説。(読売新聞・朝刊 2001-11-19 )
 「米百俵は、教育の重視を意味する。ならば、(特殊法人改革で日本育英会を改革するとしても)、奨学金は縮小するべきではない」
 これは、着眼のよい論説だ。弱者への配慮もある。どこかの尊大な日の丸新聞社とは違うようだ。十分、誉めておこう。
 ただ、ヒネリが利いていない。そこで私がイヤミな皮肉を追加しておこう。
 ── 小泉は、米百俵と唱えているくせに、奨学金制度を削ろうとする。財政赤字ばかりにこだわる、ただの帳簿屋にすぎない。米百俵の精神を全然理解していないのだ。ちゃんと「米百俵」を理解して実行すべし!
( → 9月28日c  「米百俵」の意味。)


● ニュースと感想  (11月21日)

 「国債を買って」というCMを流す、という財務省の方針。(読売新聞・2面 2001-11-20 )
 「どんどん国債を買って、どんどん貯蓄してください」というわけだ。つまり、消費が縮小して不況になっているときに、「さらに貯蓄して、さらに消費を縮小してください」という「景気悪化策」である。それも、国債となると、十年ぐらいも消費を減らすことになる。
 いったい、何を考えているんでしょうねえ。「消費を増やそう、というキャンペーンを張るべし」というのが、私の主張( 需要統御理論 )だ。なのに、それとは逆に、「消費を縮小せよ」というキャンペーンを張るとはね。
 もしかして、財務省は、「貯蓄をすると消費が減る」ということが、わかっていないのだろうか? 経済学のイロハを知らないわけ。絶句。

 [ 付記 ]
 「南堂の言うことなんか信じられるか」と思っている人もいるかもね。そういう人は、政府を信じて、さっさと国債を買いなさい。数年後、どのくらい暴落しているか、楽しみですね。


● ニュースと感想  (11月21日b)

 不良債権処理の実態。(朝日新聞・朝刊・経済面 2001-11-20 )
 銀行が不良債権を回収したがっているとのこと。存続可能な企業に対しても、「ひどくならないうちに」ということで、どんどん金を取り立てて、どんどん倒産させている、とのこと。
 記事はやや批判的なニュアンスである。困りますね。朝日は自分の言葉に対し、責任を持つべきだ。「不良債権処理を促進せよ。それで不況が深刻化してもいい」というのが自社の方針でしょ? その言葉に銀行が従っているだけだ。その言葉が現実化して、どんどん不況が深刻化しているだけだ。そういう点をちゃんと書いてもらいたいものだ。まるで「銀行が悪い」というような、責任転嫁をしてもらっては困る。

 さて、私がこう書くと、読者はいくらか不思議に思うかもしれない。
「不良債権処理は、するべきなのか、してはならないのか。銀行のやっていることは、良いことなのか、悪いことなのか」
 その答えは、次の通り。
  ・ 個別の企業は、不良債権処理をした方が得である。
  ・ 一国全体では、不良債権処理をすると損である。

 このことは、詳しくは、後日また書くつもりだった。ただ、私がそう思っているうちに、リチャード・クーが新刊書で、「合成の誤謬」というケインズ派(サミュエルソン)の用語を使って、さっさと説明してしまった。(ぐずぐずしているうちに、先を越されてしまった。)
 ま、リチャード・クーの説明は専門的なので、私がわかりやすく説明しておこう。
 基本的な原理は、11月05日 でも示しておいたとおり、「経済的なマジック」である。(これは「合成の誤謬」と同じこと。)
 その本質は、一人一人にとってベストな行動の総和が、全体にとってベストな行動とはならない、ということだ。例を挙げると、劇場のパニックがある。一人一人は、われ先に逃げ出そうとして、狭い出口に殺到した。あげく、ふん詰まり状態になって、誰一人逃げ出せないまま、全員、焼け死んでしまった。……つまり、一人一人がベストな行動を取ろうとしたせいで、全体では最悪な結果となった。
 不良債権処理も、同様である。個々の銀行は、自社の利益をめざして、不良債権処理を進める。しかし、国中の銀行がそういう行動を取れば、不況がどんどん深刻化する。いくら不良債権を処理しても、さらに次々と不良債権が発生していくので、不良債権は減るどころか増えていく。
 「ミクロの総和がマクロではない」と理解することが大事だ。 (この意味で、「自由放任にすれば経済は最適になる」というのは、とんでもない妄想である。上記の劇場の例を参照。)

 【 追記 】
 別の例もある。ペイオフ実施の場合だ。ゼロ金利のときに、あえてペイオフを実施する。となると、国民各人の最善の行動は、銀行から預金を引き上げることだ。(遅れた人は金をもらえないので。)
 しかし、国民全員がその行動を取れば、国家経済は破綻する。 全員が最善の行動を取れば、国家的には最悪の結果となる。


● ニュースと感想  (11月22日)

 「優良企業は、銀行が頭を下げても、金を借りてくれない。借りるどころか、返すばかりだ」という報道。(朝日新聞・朝刊・経済面 2001-11-21 )
 当たり前のことではある。それでも、「うまい指摘だ」と思って、記者は得々として書いているようだ。しかし、だったらついでに、朝日の主張も掲載するべきだろう。
「銀行は不良債権処理をするべし。そうすれば企業は金を借りて投資する」
 と。朝日はずっと、そういうふうに主張してきたのだし、それを取り下げる記事も掲載していない。だったら、今回の記事の最後に、そういう自社の主張を掲載するべきだ。「金を借りたがらない企業も、どういうわけだか借りるようになる」。自己矛盾の楽しいジョークとして、読者にはバカ受けだろう。

( ※ 正しくは? 不況のさなかで、売上げも利益もどんどん縮小しているときに、企業が無駄な投資などするはずがない。企業が金を借りないのは、銀行の不良債権のせいではないのだ。 → 9月24日b日10月21日10月24日b


● ニュースと感想  (11月22日b)

 「インフレ目標」をめぐる素人の誤解。(朝日新聞・朝刊・「声」欄 2001-11-21 )
  ・ 物価上昇で本当に需要が増えるのか?
  ・ 物価上昇は年寄りにとって困るぞ
  ・ 日本の物価は今でも高くて困るぞ
 という投書が掲載された。ま、素人っぽいが、よくある疑問ではある。こういう疑問が出るのは当然だろう。それはそれでよい。問題は、それに対する回答が掲載されない、ということだ。マスコミ(特に朝日)は、まともに情報提供しない。上記のような素人の疑問をほったらかしにしておく。「情報提供」というマスコミの本分を果たさずに。
 仕方ない。朝日はいつまでたっても駄目だから、私が補足しておこう。(無料読者サービス。)

 (1) 物価上昇で本当に需要が増えるのか?
   → 「需要統御理論」簡単解説  のページ全般。

 (2) 物価上昇は年寄りにとって困るぞ
 ・ 預金は、物価上昇を上回る利子がある。
 ・ 給与は、物価上昇を上回る賃上げがある。
 ・ 年金は、物価スライドだから損得なし。

 (3) 日本の物価は今でも高くて困るぞ
 ここには、根本的な勘違いがある。物価は「上昇していく」ことが大事なのであり、「高い値に留まる」ことは別の話だ。
 で、「高い値に留まる」のがいやなら、「物価の大幅下落」つまり、デフレにするしかない。当然、失業と倒産の嵐である。それが望ましいのか? (たしかに、年金所得者にとっては、デフレは望ましいだろう。もともと働いていないから、失業もしないし賃下げもない。他人の不幸も、われ関せず。)
 要するに、素人は、単に「物価が下がればいいな」と夢想しているだけだ。このとき同時に、給料が下落し、失業や倒産が増える、ということを理解しない。物事の半面しか見ない。経済というものを知らない。なのに、マスコミがちゃんと解説しないから、素人はいつまでも誤解するわけだ。 ( → 良い物価下落

( ※ 物価上昇は小さな問題だが、不況は大きな問題である。 → 10月22日 《 補記 》
( ※ では、国際比較したときの物価水準が高いことは? それは、実は、悪いことではなく、好ましいことである。なぜなら、それは、円の価値が高いことを意味するからだ。国際比較での物価水準が低いのは、経済水準が劣悪であるような、アフリカの途上国などだ。日本が途上国のようになって、幸せですか? → 11月07日 の (3)円安 )


● ニュースと感想  (11月23日)

 不良債権発生の予防・再建についての報道。(朝日新聞・朝刊・経済面・特集コラム 2001-11-22 )
 不良債権を「処理」するのではなくて、不良債権の発生予防。銀行がコンサルタント会社に委託して、経営再建を援助する、とのこと。
 これは、正しい方針だ。まったく、正しい。私としても、近日中に書く予定でいたことだが、今ここで、解説しておこう。
 「不良債権処理をして、ダメな企業を再建せよ」という声がある。これは、まったく間違いである。「不良債権処理」と「企業再建」とは、まったく別のことなのだ。「不良債権処理」をしなくても、「企業再建」はできるのだ。── そのことを、この記事は示している。 (ついでに言えば、不良債権処理をしたからといって、企業再建ができる保証は全然ない。両者は別のことだ。)
 「不良債権処理をして、企業を再建するべし。そうすれば、日本経済は再生する」なんていうデタラメを主張する人は、この記事を読んで、現実を知るとよい。 (詳しい話は、また後日。)

 [ 余談 ]
 この記事の最後には、銀行のぼやきが出ている。「われわれの融資は、『ITの旗手』たちのベンツ購入費用に消えたのだろうな」という自嘲。
 その通り。「ITなどの成長分野に投資すれば、景気が回復する」なんていうのは妄想だ、と私はとっくの昔に指摘してきた。( → 第2章「IT化」 ) なのに、今ごろ気づくなんて、遅すぎますね。
 いや、気づいただけ、まだマシかもしれない。小泉やマスコミは、どうか? いまだに「ITなどの成長分野に補正予算をつぎ込むべきだ。そうして構造改革するべきだ。これで景気回復が実現する」なんていう妄想を主張している。
 だから、このコラムを書いた記者も、わかっているようで、わかっていないわけ。「妄想は妄想だ」とはっきり指摘するべきなのだが、それが抜けている。だから政府はこの妄想を信じたすえ、莫大な浪費に向かって突き進む。 
( → IT神話の破綻パソコン講習会


● ニュースと感想  (11月23日b)

 新生銀行をめぐる続報。
 新生銀行の方針というのは、危険な銀行に対し、「融資しない」「金利を上げる」など。
 ・ これに対して、朝日社説が「けしからん」と口汚く悪罵した。(11-02 朝刊)
 ・ しかし、「この方針は銀行として当然だ。朝日はおかしい」と私が批判した。( → 11月03日
 ・ 朝日経済面は、銀行の現場を調査して、私の指摘を裏付けた。( → 11月06日

 以上が、過去の経緯。
 さて、朝日新聞・朝刊・経済面 2001-11-22 に、続報が出た。
 「新生銀行のやっていることは、銀行として本来あるべき姿だ」と三井住友銀行も認めた。そして同じような方針を取ることにしたのだそうだ。今のままでは、銀行自身がつぶれてしまうからである。( cf. 各紙に参考情報がある。銀行が経営悪化で法定準備金取り崩し。)

 今回の事実報道は、それはそれでよい。ただねえ、上記のような経緯を報道するのが、抜けていますね。朝日は、自社ではデタラメな主張をしてきたのだ。その主張がデタラメであったことを、ちゃんと明示して、「過去の主張は間違いでした」という訂正記事を出すべきだ。それが正しい言論人のあるべき姿だ。(と言っても、そんなことを朝日に期待するのは、もともと無理ですけどね。相手が猿なら、「反省」を期待できるが。)

 [ 付記 ]
 読者のために、情報サービス。住友銀行というのは長年、業界で最優良の銀行だった。なのに、なぜ、こんなひどいありさまに?
 実は、住友銀行の合併相手の、さくら銀行(三井銀行)というのが、さんざんデタラメな経営をして、不良債権の膨大な山を築いた。なぜ? 大蔵省の天下りだった社長がいたせいだ。未経験の元官僚だから、まともな銀行経営をできない。かくて、不良債権の山だ。(業界最悪の規模。もし住友と合併していなかったら、今ごろは倒産していただろう。)
 ところが、なぜか、この張本人たる人物が、あとで日銀総裁に栄転した。つまり、さくら銀行を破壊したあとで、日本経済を破壊したわけだ。そういう伝統が日銀には脈々と流れている。だから日銀は今も「自分たちは正しい」と主張したあげく、日本経済をガレキの山に……
( → google で「日銀総裁 さくら銀行 松下」を検索すると、当時の状況がわかる。)


● ニュースと感想  (11月23日c)

 「経済担当副首相を設置せよ」という、オリックス会長[総合規制改革会議議長]の提言。(朝日新聞・朝刊 2001-11-22 )
 これはいいアイデアだ、と思いましたね。「小泉も竹中も経済知識がまるでダメだ。不況の原因が需要不足だと認識できずに、供給拡大という間違った方針を取っている」というのが、私の主張。だから、まともな経済学的な知識をもつ人物が、経済運営を統率すれば、日本は救われる。
 ただ、記事をよく読むと、「竹中が適任」と記している。げっ。そんなことしたら、逆に景気は悪くなるばかりでしょ。
( → 11月20日b 竹中の無知 )


● ニュースと感想  (11月23日d)

 スティグリッツ へのインタビュー記事。(読売新聞・朝刊 2001-11-22 )
 「米国の景気回復は1〜2年後にずれ込むだろう」という見通し。「景気刺激が不足している。減税をしたが、金は、高所得者でなく、低所得者に回さないと、効果がない」という意味の指摘。
 これは、11月06日b のサミュエルソンの指摘と同様である。個人消費が縮小しているときには、なすべきことは、国民に金を渡すこと。しかも、高所得者偏重の所得税減税ではなくて、所得に関係なく均等分与をすること。つまり、 中和政策 である。(クルーグマンのいう「ヘリコプターマネー」も同じ。)
 サミュエルソン,クルーグマン,スティグリッツ[そして私も]は、ほぼ同じ意見。ちゃんと、「景気回復の正しい方法」を示している。それをちゃんと示さないマスコミは、まったく困ったものだ。

 ただ、読売は例外的に、マスコミの本分を果たしている。サミュエルソンの寄稿(11月06日b)にしても、スティグリッツのインタビュー(今回)にしても、読売はまったく立派だ。ただ、これは、「サミュエルソンやスティグリッツにインタビューしてみたら」という、私の提案( 10月20日b 後半)に従っていることになる。だから、どこかの日の丸新聞社も、私のページを読めば、まともな記事が書けるんですけどね。
 なお、読売にも、勧告しておこう。せっかく、ノーベル賞学者の寄稿やインタビューを受けて、立派な記事を書いたのだから、自社の記事を、ちゃんと理解しましょう。「補正予算で公共事業を充実せよ」などと書かずに、「国民に金を渡すべし」と理解しましょう。 ( → 補正予算《 補足 》政府か国民か

 [ 付記 ]
 ちなみに、朝日新聞・朝刊・特別コラム(22日)では、ヘリコプターマネー を「非現実的」と批判している。理由は、「空高くから兆円単位の日銀券をばらまくのは無理」だって。つまり、比喩を比喩だと理解できず、字義通りに読んでいるわけだ。文章読解力がゼロ。経済学的知識とか論理力とか以前に、日本語の読解力が小学生並みのレベルなわけだ。こんな人物が特別な連載コラムをもつのだから、朝日という会社のレベル自体が知れるというものだ。


● ニュースと感想  (11月24日)

 「政府は適切なマクロ政策を取れ」という社説。(読売新聞・朝刊 2001-11-23 )
 ま、主張自体は、間違ってないんですけどね。そんなこと、いちいち言われなくても、政府はわかっています。実際、適切なマクロ政策を取ろうとしているんです。無知は無知なりに、タテガミを掻きむしって、努力しているんです。しかし、頭が悪いから、「何が適切か」がわからないんです。
 たとえば……
 この二つを比べて見たら……
 あきれますねえ。保育所整備とか学校内LANとかの、ごく常識的なチマチマとした施策を「構造改革」と呼ぶ。そんなみみっちいことをやるかやらないかで、成長率が 1% 以上も違うなんて。いいですか。民間企業では、社員が毎日血がにじむほど努力して、それでもせいぜい年 3% 程度しか生産性は上がらないのだ。なのに、政府が保育所などにちょっと金をかけたくらいで、長期的に年 1% も差が出ますか。馬鹿げている。「構造改革」というものに過剰な期待をかけすぎている。夢想と言うよりは、妄想に近い。
 そもそも、補正予算の4兆円という規模からしても、景気回復効果はない。「景気刺激の規模が小さすぎては効果がない」ということは、すでに示した。( → 補正予算 ) また、上記の「再生シナリオ」も、そのことを裏付けている。
 だいたい、この「再生シナリオ」というのは、根本的に狂っている。「景気が回復するのは、民需が回復するから」と述べている。なのに、その「民需が回復する」ための施策を、何一つ取っていないのだ。単に「構造改革をする」と言っているだけなのだ。狙いがずれている。「鳥を狙って石を投げます。だから魚が釣れます」と主張しているようなもので、まったくメチャクチャだ。
 要するに、政府は、適切なマクロ政策など、何も知らないのだ。だからこそ、「適切なマクロ政策」を、マスコミが報道する必要がある のだ。
( ※ 読売は、前日 のように、ノーベル賞学者の指南を二度も受けているのだ。せっかくだから、それらを整理して、「ノーベル賞学者の処方」という特集記事を書けばいいのにね。)
( ※ 朝日なら? 正しい処方は、11月20日b の後半。 《 補足 》 も。)

 [ 付記 ]
 ついでに言えば、「特殊法人廃止」も、あまり効果はない。「道路公団の民営化」だって、たいして効果はない。従来型の公共事業の規模をいくらか縮小する、という程度の話だ。なるほど、そのことで無駄は少しは減る。だが、もともと全額がまるまる無駄だったわけではないから、無駄の縮小の効果は、たいしたことはないのだ。
 そもそも、公共事業の規模縮小ということ自体は、景気回復どころか、景気悪化の効果がある。日本育英会や住宅金融公庫の規模縮小も、景気悪化の効果がある。
 要するに、「構造改革」というのは、民需の拡大どころか、民需の縮小の効果がある。「構造改革で民需拡大」なんていうことは、ありえないのだ。
( → 10月06日


● ニュースと感想  (11月24日b)

 ゴルバチョフが来日して、23日の「徹子の部屋」に出演。
 思えば、彼も「ペレストロイカ」という改革を実行したが、国家経済は破壊された。(ソ連崩壊直後のロシアのインフレ率は年 2500% である。桁は間違っていません。)
 小泉に対する「改革」の期待も、同様だろう。たしかに、改革自体は良いが、改革と経済は別のことなのだ。なのに、無邪気に「構造改革」を信じる人々の何と多いことか。「構造改革で景気回復」なんていう妄想を信じる人の何と多いことか。日本の経済もやはりロシアと同じく破壊される。 (すでに半分、破壊済み。)
( → ゴルバチョフとの類似


● ニュースと感想  (11月24日c)

 景気はこの先、どうなるか?
 個人消費の意欲を見るには、何が適切か? 財布のヒモをゆるめて買うものは、家電品だろう。では、家電品の消費動向は?
 家電量販店の販売額の統計データの報道。(読売新聞・朝刊・経済面 2001-11-23 )
 2001年は、年初からほぼ一貫して、家電販売額が下落傾向にある。どんどん下がるばかりで、10月はとうとう前年比で 10% 減。
 デフレスパイラルに入っている、とも言えそうだ。今の調子が続けば、この先もどんどん消費は下がるばかりだろう。「今が底」ということは、まずありえないようだ。
 だから、来年の年賀状の見出しは、もう決まったね。
 「明けまして おめでたくありません」


● ニュースと感想  (11月25日)

 24日の新聞記事をいくつか。内容は「不況がどんどん深刻化する。新規産業は、参入するどころか撤退する。マスコミは『不況を悪化させよ』と主張する」
 以下で、列挙してコメントする。

 (1) 大量の人員削減
 ・ みずほ は、1万人削減。三菱東京は、4千人削減。(読売・朝刊・1面)
 ・ 50社近くの人員削減の一覧表。こんなにたくさん。目がクラクラ。(朝日・朝刊・1面)
 ……で、どうなる? 国民はますます消費を引き締める。だから企業はますます人員削減をする。というわけで、デフレスパイラルに入ったようだ。「まだだ」という主張は、どうやら甘かったようだ。
 ( ※ なお、現在の失業者総数は、狭義で 350万人。広義ではその倍ぐらい。)

 (2) 新規産業の不調
 ・ 外資系の証券会社が次々と、撤退・業務縮小。(読売・朝刊・経済面)
 ・ コンビニのATM(現金の出し入れ機)や、インターネット銀行が全然不調。(朝日・朝刊・経済面面)
 ……「新規産業で構造改革だ」「IT産業で景気回復だ」という夢を見たあと、このありさま。 「今の日本の状況ではダメ」と外資系証券は言う。その通り。需要の縮小するときに、新規参入して供給を増やすのは、無謀である。
( → 新規産業の撤退は 10月03日b10月21日11月14日 。説明は マラソン大会の比喩 。構造改革との関連は 11月25日 。)

 (3) 「景気をさらに悪化させよ」という社説
 「景気をさらに悪化させよ」という意味の朝日の社説。
 「インフレ目標」のデタラメな法案 に反対する、という形を取っている。ここまでは良い。しかし、そのあとの主張がダメだ。まともなことを主張しているつもりのようだが、実質的には「不況をさらに悪化させよ」ということを主張している。

 第1に、「インフレ目標」について反対している。反対すること自体は、別に悪くはない。しかし、その理由が、デタラメばかりだ。嘘八百の列挙である。「効果がはっきりしない」「いったん火がついたら制御が難しい」「極端な円安や金利の急上昇が起こる」etc. ……まったく、よくもまあ、これだけ嘘を並べたものだ。
 なぜ嘘とわかるか? 「インフレ目標」を実施している国はたくさんあるが、これらの危険は生じていない。また、「インフレ目標」を実施していようといまいと、これらの危険は生じない。これらの危険が現実化するのは、「景気が過熱したときに政府がそのまま無策でいれば」という仮定が成立する場合だ。実際には、仮定が成立しない。(景気が過熱すれば、政府は景気を冷やすし、無策ではない。) だから、間違いなのだ。
 話をたとえよう。自動車が坂道に停車したら、ずるずる後退している。放置すれば、谷底に落ちそうだ。そこで、アクセルを踏んで前方に進め、と誰かが主張した。しかし朝日はこう主張した。「アクセルをほんのちょっとでも踏めば、ものすごい勢いで前進する。そうなったら、制御が難しい。極端な燃料消費も起こる。最後には制御不能になって、前方にある壁と衝突して破滅してしまうはずだ」。かくて、朝日の主張に従った日本という自動車は、アクセルをちょっとだけ踏むことをためらい続け、とうとう背後の谷底に落ちてしまった。……呆れた話でしょう? (アクセルを踏んだあと、アクセルを踏むのをやめる、という知恵がないわけ。猿以下。猿なら「お猿の電車」を運転できるけどね。)

 第2に、中央銀行にとって大切なのは、通貨の信認を落とさないことだ、と主張している。ひどい。呆れた。絶句。年に3%ぐらい、通貨の信認を下げても(通貨価値を下落させても)、何ら問題はない。その程度のことは、世界各国がやっている。朝日は 「インフレ目標」 というものをまるきり理解していないのだ。対象のことを何も理解しないで、勝手に誤解したまま、ああだこうだと批判しているのだ。言論人としての最低限の節度をもっていない。ほとんどファシズム的である。
 そもそも、中央銀行にとって大切なのは、通貨の信認なんかじゃない。国民の幸福だ。景気の安定 だ。日銀は、それがわからない。「通貨の信認」ばかりにこだわっている。あげく、「通貨の信認を維持する」ことに成功したが、代償として、日本経済を破滅させている。
 「通貨の信認」なんてものは、屁みたいなものだ。そんなものに、日本経済を破滅させる価値はないのだ。なのに、あくまで日銀はそれにこだわる。朝日もそれを推進する。「通貨の信認こそ至上命題だ。日本経済が破滅するかしないかは二の次だ」と。

 第3に、不良債権処理でうまく行く、という主張だ。
 ひょっとしたら朝日は、「日本経済を破滅させよ」と主張しているつもりはないのかもしれない。「不良債権処理でうまく行く」と思い込んでいるのかもしれない。
 しかし、思い込みはともかく、現実はどうか? 不良債権処理をどんどん進めてあちこちの会社を倒産させると、どうなったか? また、人員削減という企業体質の強化をして構造改革を進めると、どうなったか? 景気はどんどん悪化するばかりではないか。朝日と小泉が「こうすれば景気が回復します」ということをどんどん進めた結果、景気は最悪になりつつあるのだ。特に最近は、銀行が不良債権処理に耐えかねて、ほとんど倒産寸前になっているのだ。銀行が倒産したり、取り付け騒ぎが発生したら、どうなる? 国家経済の完全なマヒである。
 朝日は、無知なのか? 狂気なのか? いずれにせよ、その主張に従えば、冒頭に記したような人員削減はさらに進むし、新規企業はどんどん縮小していくし、デフレスパイラルはひどいことになるばかりだ。さらには、国家経済のマヒから、大恐慌の再来となりかねない。

( ※ 朝日は、こうも主張する。「企業に資金が流れないのは、銀行で資金がせき止められているからだ。金融システムに目詰まりを起こしている不良債権を処理すれば、うまく行く」と。ひどい。いまだにこれほど無知だとは。自社の記事さえも理解できない、ということがバレたわけだ。  → 09月24日b10月20日b11月17日11月21日b )

( ※ 私が朝日に言いたいことは何か? 「無知のまま発言するのはやめてくれ」ということだ。「素人は自分の無知を理解せよ」ということだ。今はまるで、微積分について何も知らないまま、微積分について発言するようなものだ。無知と誤解のオンパレード。嘘とデタラメのオンパレード。まずはちゃんと、経済学の初歩を理解するべきだ。特に、ミクロとマクロの違いを理解するべきだ。今の朝日の根本は、「ミクロの総和がマクロである」「人が何もしなくても、の手がうまく調節してくれる」というものだ。ほとんど宗教的な妄信である。マクロ経済のイロハが全然理解できていない。ひとまず、第3章 を初めから読んで、基礎から理解してもらいたいものだ。あるいは、リチャード・クーの新刊書 を読むのでもよい。)
( → cf. 朝日新聞 論


● ニュースと感想  (11月26日)

 新聞協会が漢字 39字を追加。(朝日新聞・朝刊・特別記事 2001-11-24 )
 常用漢字表の 1945字が時代にそぐわなくなってきたので、常用漢字外でも普通に使う文字として、(新聞用に) 39字を追加することを、日本新聞協会が決めた。「誰・丼・枕」のように平易なものを含む。

 《 追加する文字 39字 》
 闇 鍋 牙 瓦 鶴 玩 磯 臼 脇 錦 駒 詣 拳 鍵 虎 虹 尻 柿 餌 腫 袖 腎 須 誰 腺 曽 酎 枕 賭 瞳 頓 丼 汎 斑 釜 謎 妖 嵐 呂

 《 追加する読み 9字 》
 証(あか)す  粋(いき)  癒(い)える  癒(い)やす  描(か)く  要(かなめ)  応(こた)える  鶏(にわとり)  館(やかた)  委(ゆだ)ねる

 《 特定の熟語 》
 獅子 (など。以下、略)

 これらの漢字を使った熟語のうち、大学生のテストできわだって正答率が低いのは、「熟柿」「脇息」「産駒」。
 なるほど。こうした音読みは、あまり頻度が高くない。実際、この三つよりももっと重要な例はいくらでもありそうな気がする。私だったら、もっと頻度の高そうな字を採用するだろう。たとえば、次のように。
 掻く  噛む  愕然  轟音  語彙  終焉  飛翔  訃報  眉  瞼  蝕む

 どうせなら、「語い」「終えん」なんて例を多用するのは、やめてほしいんですけどね。それから、「虎」「獅子」があるのに、「鯉」「燕」がないと、スポーツ新聞は見出しで困るんじゃないのかな? 「野球用語だろ、野球ファン専用だ」という反論があるかもしれないが、だったら、「産駒(さんく)」だって純粋な競馬用語だ。これは新聞でも競馬記事でしか現れない。普通の国語辞典には出ていないし、IMEでも出ない。ギャンブル好きな競馬狂のための言葉であって、「まともな人間なら知らない」のが当然なのだ。今回の調査に際して、「常識的な言葉ばかりを選んだ」と朝日は記しているが、それは、朝日にはカタギの人間が一人もいなくて、競馬狂だらけだ、ということを意味しているだけだ。 (もっとも、記者という職業は、もともとカタギではないが。)
 繰り返して言う。「産駒」は、読めないのが正常であり、読める方がイカレているのだ。 (私自身は残念ながら、イカレている方だが。)


● ニュースと感想  (11月26日b)

 国のIT装備年実験事業。(読売新聞・地方版)
 横須賀市などの住民計5万人に、(個人確認つきの)汎用型ICカードが配られる。診察券・バス乗車券・電子マネーを兼用する。来年1月から実証実験の予定。
 見本を見ると、氏名はカタカナだ。漢字がひとつも使えないらしい。(これは現在のJISでは人名用の漢字がちゃんと出ないせいだ。 → 文字コードの問題
 なお、「住民基本台帳ネットワーク」という電子システムの稼働は、2003年8月の予定。(「イミダス 2002」付録 による)
( → IT

 [ 付記 ]
 関係者情報によると、文字コードの問題は解決の方向に大きく向かいつつある、とのこと。完全ではないにせよ、問題のほとんどない文字コードの実現に向けて、計画が進行中とのことだ。喜ばしいニュース。


● ニュースと感想  (11月27日)

 企業経営における、成果主義について。
 「成果主義」というものが各種の企業で導入されているようだ。「これぞあるべき経営の姿」と思い込んでいるのだろう。しかし「成果主義」は通常、失敗する。それは原理的に誤った方法なのである。
 「能力主義」という方法もある。これは特に悪くはない。個人の能力に応じて評価する、というのは、ごく自然なことだ。ただ、現実には、個人の能力を精確に評価することは難しいから、能力に対する完全比例ではなくて、「年功主義」という「一律主義」との組み合わせとなるだろう。たとえば、他人の2倍の能力があると推定される人物には、1.2倍の給与を払う、というふうに。
 さて、「成果主義」は、「能力主義」とは、どうちがうのか? それは、「成果」は「能力」には比例しない、という点だ。たとえば、他人に比べて能力が2倍あっても、成果は 1.2倍ぐらいにしかならない、というふうに。なぜか? 環境が彼の能力を束縛するからだ。
 能力のある社員がいても、会社の環境が能力発揮を妨げていることがある。こういう場合、責任は社員ではなく会社にある。会社が馬鹿だから、社員は能力を発揮できず、成果が上がらない。なのに、「成果主義」では、社員の責任にされてしまう。会社の責任を、社員の責任に転嫁する。
 では、どうするべきか?
 「成果主義」という「結果責任」主義を取るのであれば、「権限委譲」も併用しなくてはならない。たとえば、支店長の評価に「成果主義」を導入するのであれば、支店長に人事権や予算権などを渡さなくてはならない。一般に、グループの長に対して、全面的に権限委譲するべきだ。「個別の製品開発グループ」「個別の製品デザインチーム」などに、人事権を含めて、完全に権限委譲する。その場合、「成果主義」という「結果責任」主義を取ってよい。
 一方、グループやチームのメンバーには、人事権などはない。いくら自分一人が頑張っても、同僚が馬鹿なせいで、グループやチームの成果がなかなか上がらないことがある。こういうとき、「成果主義」によって「連帯責任」ふうに冷遇しては、能力のある人物はやる気をなくす。
 さて、「成果主義」を現実に実施した会社では、どうなるか? 社員が目先の利益ばかり追うようになり、企業体質が損なわれているということだ。ただ、本当を言えば、「目先/長期」という区別よりは、「自分/会社」という区別がなされている。会社のことなんかどうだってよくなる。自分さえ目標を達すればよくなる。そのためにはなるべく、同僚の足を引っ張って、自分だけが成果を上げたように見せかければよい。ごまかしやチョロマカシのうまい社員ほど出世するシステムである。だいたい、社員としても、それ以外、やっちゃいられない。権限も渡されずに、成果だけを求められても、どうしようもない。
 結論。「成果主義」を導入するには、その正しい方法がある。単に「結果責任」だけを重視するのであれば、経営なんてものは必要なくなて、単に数字調査をするだけで済んでしまう。それは経営の放棄である。「成果主義」というのは、企業の経営トップの経営能力のなさを、暴露しているようなものだ。
( → 参考ページ : F社の社長

 [ 付記 ]
 「成果主義」と「権限委譲」を組み合わせた場合は、かなり効果を発揮する。たとえば、ダメなデザインばかりを出している会社がある。こういう会社は、社内改革するとよい。「どれが良いデザインか」を、市場で評価する仕組みを整える。そして、(市場で好評な)良いデザインを出したチームに、多額のデザイン代を払うようにする。個々のメンバーに給与を払うのは、会社ではなく、チームである。……これはつまり、チームを「デザイン会社」として扱うものだ。一種の社内カンパニーである。メンバーは会社ではなくチームと雇用契約を結ぶ。つまり、一種のフリーエージェント。有能な社員は、各チームから引っ張り合いで、高給を得る。チームが一方的に成果を評価して給与を決めるわけではない。
( ※ デザイナーなどなら、こういう「能力主義」は有効だ。しかし、一般の事務職などには、あまり適さない。「市場で評価」という仕組みがないからだ。)




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「小泉の波立ち」
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