[付録] ニュースと感想 (60)

[ 2004. 2.09 〜 2004. 2.14 ]   

  《 ※ これ以前の分は、

    2001 年
       8月20日 〜 9月21日
       9月22日 〜 10月11日
      10月12日 〜 11月03日
      11月04日 〜 11月27日
      11月28日 〜 12月10日
      12月11日 〜 12月27日
      12月28日 〜 1月08日
    2002 年
       1月09日 〜 1月22日
       1月23日 〜 2月03日
       2月04日 〜 2月21日
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       3月06日 〜 3月16日
       3月17日 〜 3月31日
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       4月17日 〜 4月28日
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       6月05日 〜 6月19日
       6月20日 〜 6月30日
       7月01日 〜 7月10日
       7月11日 〜 7月19日
       7月20日 〜 8月01日
       8月02日 〜 8月12日
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    2003 年
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       4月25日 〜 5月10日
       5月11日 〜 8月11日
       8月19日 〜 10月23日
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       11月29日 〜 12月12日
       12月13日 〜 12月17日
       12月18日 〜 12月26日
       12月27日 〜 1月02日
    2004 年
       1月03日 〜 1月16日
       1月17日 〜 1月22日
       1月23日 〜 2月01日
       2月02日 〜 2月08日
         2月09日 〜 2月14日

   のページで 》




● ニュースと感想  (2月09日)

 「円安と通貨危機」について。
 円安は通貨危機をもたらしやすい。このことは、何度か述べたことがあるが、最近の事情に即して、あらためて論述しよう。「円安による通貨危機」は、以前なら机上の想定であったが、現在ではまさしく実現の可能性のある出来事となっている。

 ここで言う「円安」とは、「自然な円安」のことではなくて、「人為的な円安」のことである。つまり、「円安介入」のことである。本来ならばもっと円高であるべきなのに、当局が介入することで円安になる。だから、実際の通貨レートは、あまり問題ではない。現在の「1ドル=105円」程度のレートは、以前の「1ドル=120円」程度のレートに比べれば、絶対水準では「円高」であるが、当局の介入の有無によって「円安(介入)」と見ることができる。
 さて。円安介入があると、どうなるか? それが、本項における問題だ。

 (1) マネタリズムによれば、「円安」政策では、「円安」にはメリットがある。
 (2) 一方、デメリットもある。  以上の (1) (2) を勘案すれば、「メリットとデメリットはだいたい相殺する」というべきだろう。ただし、(1) の効果は即効的な効果が出るのに対し、(2)の効果はやや遅延する。そのせいで、当初は、円安のメリットばかりが出る。というわけで、この半年ぐらいは、「輸出企業が円安効果を享受した」という状況が続いていた。とはいえ、それも、頭打ちとなってきた。「輸出が増える」となれば、その後は、貿易黒字解消のため、「円高」が来るのが当然である。となれば、いつまでも「円安」を享受していられない。

 問題は、そのあとだ。現在は、「ドル安」が進んでいる。これは、「米国の減税」という「ドルの貨幣価値下落」に応じて、当然のことだ。ドルの価値そのものが以前よりは下がっている(ドルの総量が増えている)のだから、ドル安は当然である。となれば、その分、円高やユーロ高が起こるはずだ。もちろん、ユーロ高は起こっている。ところが、円は、当局の介入により、円高が抑制されている。
 すると、どうなるか? それが問題だ。つまり、当面はそれでいいとしても、長期的にはどうなるか、ということが問題となる。

 この件は、前にも述べたとおりだ。「円安」にともなう「過剰な量的緩和」は、やがては「通貨危機」をもたらしやすい。その過程は、次の通り。
  1. 円安介入
  2. 国内に過剰な円資金が流通する。
  3. 一部は株式に向かって、株価を高騰させる。(株価バブル)
  4. 大部分は、滞留する。
  5. そのまま、国内に莫大な資金が眠る。
 このまま、デフレという「不均衡」状態が続く限りは、何も起こらない。しかし、ここでは「過剰な量的緩和」が続いていることになる。とすれば、やがて、「不均衡」から「均衡」へと状態が変化したとき、一挙に、「薪に火がつく」ことになる。その過程は、次の通り。
  1. 均衡状態が達成される。
  2. 資金の総量と、商品との総量は、均衡する。
  3. 資金の総量が過剰である分、商品の価格は高騰する。(貨幣数量説による。)
  4. 二つのタイプの景気過熱が起こる。
    1. 資金が一般商品市場に入ると、物価上昇が起こり、インフレとなる。
    2. 資金が資産市場に入ると、土地・株式が上昇し、資産インフレとなる。(バブル)
  5. いずれのタイプであれ、あまりにも過剰な量的緩和があるときには、それを止めようとすれば、異常な高金利となったり、急激な量的緩和が起こったりして、倒産・失業が続出する。(バブル破裂など。)
  6. 経済状況の悪化を見て、資金の逃避が起こる。特に、海外資金が逃避する。(資金逃避:キャピタルフライト)
  7. その時点で、海外資金が過剰に流入していたとすれば、急激な海外資金の流出にともなって、「通貨安」と「通貨の不信任」が発生する。すなわち、「通貨危機」である。
 こうしてみると、「通貨危機」の発生条件がわかる。それは、次のことだ。  そしてまた、「通貨危機」の意味もわかる。それは、次のことだ。  つまり、「通貨危機」とは、「無理をしていたのに、無理が利かなくなって、回復した」ということなのだ。たとえば、板バネをたわませる。ある程度までは、どんどんたわんでいく。別に、破綻はしない。だから、「いっぱい負担をかけよう。無理が利くから、どんどん無理をさせよう」と思って、しきりに無理を続ける。しかし、ある限度まで着たら、もはや無理は利かなくなる。それまでの無理を一挙に帳消しにするほどに、板バネは反発して、元に戻る。
 だから、通貨危機というのは、起こるべくして起こったことなのだ。「通貨危機を避けるにはどうすればいいのか?」という問題は、「永遠に無限に借金をするにはどうすればいいか?」とか、「永遠に株を上昇させるにはどうすればいいのか?」とか、そういう不可能な問題と同じである。そんな馬鹿げたことを実現させようとするよりは、「借金生活を続ける」とか、「無意味な株価上昇を続ける」とか、そういう馬鹿げたことをやめることの方が先決だ。

 具体例を示そう。
 アルゼンチンでは、たいして生産力もないのに、過度な通貨高によって、過剰消費を続けた。稼ぐ以上に消費していたのだから、いつまでもそんなことが継続するはずがない。それでも、信用が続いている時点では、そういう無理が利いた。しかし、あるとき、信用をなくした。とたんに、借金の返済を迫られた。しかるに、一挙に返済する能力がない。かくて、破綻した。通貨は暴落し、物価は急上昇した。……その後、だんだんと回復過程にある。これを見て、「通貨安にすれば経済は正常化する」と簡単に片付ける人もいる。それは、間違いではないが、正確ではない。「通貨安にすれば経済は正常化する」というよりは、「正常な通貨レートにすれば経済は正常化する」のだ。過去において高すぎる通貨レートだったから、今度は低めの通貨レートになるだけだ。過去においては過剰消費してきたから、今度は(タダ働きに似て)低賃金労働をすることになるのだ。こういうことが本質だ。

 アジア諸国では、90年代に、たいして成長力もないのに、過大な成長力が期待されて、莫大な海外資金が流入した。しかし、それまでの高度成長は、クルーグマンの指摘したように、生産性の向上に伴うものではなくて、失業していた労働力の投入によるものであった。かくて、メッキが剥げた。いったん完全雇用に近くなると、もはや経済の急成長はなしえなくなったので、信用や期待の離反を引き起こした。過剰に流入していた資金は、さっさと流出していった。そのことでますます信用不安を起こして、資金流出が急激に進んだ。これが 97年〜 98年のアジア通貨危機だ。ただし、その後、通貨レートの低下にともなって、だんだんと経済は回復していった。
( ※ 実は、アジア通貨危機には、アルゼンチンと同様の事情もある。それは、「過剰な通貨高」だ。当時、アジア通貨は、ドルに連動していたので、過剰なドル高に連動して、過剰な通貨高になった。特に、円に対して高くなった。この過剰な通貨高という事情は、アルゼンチンの場合と同様だ。……ただ、アルゼンチンの場合とは違って、過剰な通貨高は、過剰なドル高の続いた数年間にすぎなかった。また、海外からの資金の流入があったが、これは「過剰消費」よりは「過剰投資」をもたらしただけだった。流入した金は、消費されて霧散してしまったわけではなくて、投資された金または資産として残っていた。だから「借金の返済」は比較的簡単に可能だった。その後、通貨レートの正常化にともなって、経済はだんだん正常化した。)
( ※ アジアの一部で、持続的な問題が起こったのは、独自の理由による。たとえば、韓国では、非効率な財閥経済体制が存続していた。また、韓国では通貨危機のあとで、IMFによる過度な高金利政策が取られたので、経済が破壊された。ただし、これらは、通貨危機が直接もたらした弊害ではない。)

 日本はどうか? 「過剰な資金の滞留」という点では、「過剰な量的緩和」および「過剰な円安介入」にともなって、どんどん実施されている。百兆円を大幅に上回る規模だ。「海外からの大量の資金流入」という点でも、相当の規模でなされている。(買越額が8兆円程度というのは、日本経済そのものを破壊するには少ないと見えるが、株式市場そのものを暴落させるには、十分な額である。)「過剰消費」という点では、対外的には黒字なので米国のような貿易赤字を発生させていないが、国内では「財政赤字」という形で巨額の赤字があるので、国内的には「過剰消費」がなされている。(国民全体の過剰消費ではなくて、一般国民だけの過剰消費である。国債所有者が、その分を補っている。)
 あれこれ勘案すると、アルゼンチン型の通貨危機は起こらないが、アジア型の通貨危機に似たタイプならば起こりそうだ。すなわち、次のシナリオである。
  1. 景気回復の予想で海外資金の流入。株価上昇。
  2. 増税や円高などにより、景気回復の予想が破れて、景気はふたたび悪化する。
  3. 海外資金の一挙流出。(キャピタルフライト)
  4. 株価暴落。
  5. 円の暴落。日銀の円買い介入。
  6. 市場資金逼迫。
  7. 物価の上昇。
  8. 物価上昇と市場金利逼迫の状況に投機が舞い込んで、均衡が達成される。
  9. 薪に火がつく。物価急上昇。
  10. 円の過度な暴落。通貨の不信任。
  11. 高い物価上昇率を抑制しようとする、高金利政策の実施。(マネタリズム)
  12. 経済の縮小と物価の上昇の並存。(スタグフレーション)
 これが、日本型の「通貨危機」だ。
 では、この問題は、どうすれば避けられるか? 前にも述べたとおり、「通貨危機」とは、「異常な状況が正常化する過程」である。「たわんだ板バネが元に戻る過程」という過程である。これを阻止するすべはないし、そもそも阻止するべきではない。「正常化する過程」を阻止すれば、歪みがますますふくらんで、後でもっとひどい状況が押し寄せるだけだ。(できることと言えば、せいぜい、「正常化する過程を緩慢にすること」ぐらいだ。)
 この問題を避けるには、事後的に対処しても、無駄である。つまり、「たわんだ板バネが元に戻る」という時期になってから、あわてて騒いでも、手遅れである。対処するならば、「板バネがたわみつつある」という時点において、「たわみを減らす」というふうにするべきだ。その方策は、次の通り。  現状は、これとは正反対である。ゆえに、通貨危機は、かなり目前にまで迫っていることになる。
 日銀は、今、「過度な円安介入によって、景気回復の芽を摘まないようにしよう」と努力している。しかし、そのような過剰な介入は、経済を歪める。過剰な財政赤字によって景気拡大を狙うこと(ケインズ政策)がまずいように、過剰な資金投入によって景気拡大を狙うこと(マネタリズム政策)もまずいのである。
 そのいずれも、「所得の増大」「消費の増大」という本質から逸れたところで、表面的な取りつくろいをしようとしている。とすれば、いつか、そのツケ払いを迫られる。ツケ払いとは、ケインズ政策ならば、「将来の物価上昇」(インフレ)であるし、マネタリズム政策ならば、「将来の通貨危機」(スタグフレーション)である。どちらかと言えば、後者の方が悪い。
( ※ ケインズ政策では、無駄な公共事業がなされることで、金は無駄のために費やされる。マネタリズム政策では、無駄な通貨介入がなされることで、金は海外投機資金に奪われる。)

 [ 付記1 ]
 「日本は外貨資産(米国国債)を莫大にもっているから、赤字だらけだったアジアのような通貨危機は起こらない」
 という説がある。それは、「アジア型の通貨危機は起こらない」という意味では、正しい。ただし、「日本型の通貨危機は起こる」という意味では、正しくない。この後者の方が問題だ、ということを、本項では示した。
 日本型の通貨危機の本質は、「貨幣の大量発行による、貨幣価値の低下」である。円を大量に発行すれば、円の貨幣価値は下がる。にもかかわらず、現状では、貨幣価値の低下が起こっていない(発現していない)。つまり、本来の価値以上の価値があることになる。一種の「バブル」であるし、「歪み」と言ってもいい。とすれば、この「バブル」ないし「歪み」を是正することが、いつかはなされる。それが「通貨危機」である。
 つまり、「通貨危機」とは、「経済状況が正常な状況から逸脱すること」ではなくて、「もともと正常な水準から逸脱していた経済状況(特に通貨レート)が、正常な水準に復帰すること」である。ただし、その復帰が、緩慢であれば問題ではなかったのだが、一挙に到来すると、通貨危機になるわけだ。
 とにかく、ここでは、通貨危機を避けるためには、何らかの工夫をして「一挙に危機が到来するのを避けよう」とするよりは、「もともとの歪みをなくすこと」の方が、本質的であるのだ。(要するに、円の大量発行をやめればよい。)

 [ 付記2 ]
 日本型の通貨危機の場合、アジア型の通貨危機とは、異なる点がある。それは、多大な外貨資産を利用することだ。
 つまり、日本が通貨危機(スタグフレーション)になりかけたとき、外貨資産を取り崩せばよい。すなわち、日銀が「円買い」を過度に実施すればよい。この処置が完全にうまく成功する保証はないが、症状を緩和することはできる。
 ただし、症状を緩和することはできても、このとき、「円買い・ドル売り」にともなって、米国の側では、ドルの暴落が起こる。米国では、日銀が米国国債(政府証券)を大幅に売却することで、ドルの市場金利が暴騰する。米国では、「通貨下落・金利上昇」という悪夢が起こる。
 これは、「通貨危機を、日本から米国に転嫁する」ということだ。ババ抜きのババを回すようなものだ。そして、そのことは、たしかに可能である。また、このとき、米国では何が起こるかと言えば、「借金のツケ払いを迫られる」ということだ。現在、日本がドルを買ってくれるから、米国は、借金によって、いい思いができる。しかし、いつか、日本が多額のツケ払いを迫ったら、米国は借金返済のために、青ざめる。もちろん、景気は急速に悪化する。
 すると、当然、米国景気の悪化にともなって、日本の景気も悪化する。「通貨危機を、日本から米国に転嫁する」ということは、「米国から金を返してもらう」ことによって、一時的には成立するが、しょせんは、日米は一蓮托生だから、両国とも「共倒れ」になりそうだ。そして、「共倒れ」になる理由は、「負担があまりにも多すぎること」である。
 だからこそ、今は、「負担をどんどん増やすこと」は、なすべきではないのだ。つまり、無理な「円安介入」で、今だけいい思いをしようなどとは、考えてはならないのだ。どんなに景気回復効果があるとしても、「円安介入」というのは、「今はいいけど、後でひどい目に遭う」という策なのだ。だからこそ、このような「今だけはいい思いをする」という政策を捨てるべきなのだ。将来の危険を回避するために。 ( ※ 米国との関係は、次項でも述べる。)


( 円安と通貨危機   →  2月12日1月31日b
( 韓国の通貨危機   →  1月27日
( アジアの通貨危機  →  7月08日
( アルゼンチンの破綻 →  1月17日b1月27日


● ニュースと感想  (2月10日)

 前項の続き。「円安とドル高」について。
 日本にとっての円安については、前項で述べた。では、これを逆に見て、米国にとってのドル高については、どう考えられるだろうか? 
 前項で述べたことを振り返ろう。円安は、デフレという不均衡のときには、本来の効果が出ない。「輸出産業にとって有利」というメリットは出るが、「円安にともなう貨幣供給量の増加による物価上昇」というデメリットが出ない。そのせいで、デメリットが猶予されたまま、デメリットがどんどん蓄積されていく。そして、あるとき突然、そのデメリットが一挙に噴出する。それが「通貨危機」だ。

 さて。米国にとっては、「円安」の裏返しである「ドル高」は、どんな意味をもつか? 
 すぐにわかるとおり、円安介入によって貨幣供給量が増えるのは、「円」であって、「ドル」ではない。とすれば、ドルの「貨幣供給量増加」や米国の「物価上昇」は、起こらない。一方で、米国の国債は日本(日銀)にどんどん買ってもらえるから、「金利低下」という現象が起こる。これは投資に有利だ。また、減税をして財政赤字をどんどん出しても、ドル高のせいで輸入品価格が上昇しないので、物価上昇のデメリットが出ないで済む。
 こうして見ると、米国にとっては、「良いことずくめ」である。いわゆる「強いドル」政策と同じで、あらゆる意味で良いことだらけであるようだ。ただし、その裏では、「財政赤字」と「貿易赤字」という「双子の赤字」が蓄積する。
 ここまで考えれば、本質はわかるだろう。ミドル経済学を思い出すといい。このことは、「民間引き受けの国債」による「財政赤字」と、まったく同様である。つまり、米国政府は、「民間引き受けの国債」による「財政赤字」で、「借金生活」をしているのである。ただ、普通の場合と違うのは、その国債の引き受け手が、米国の一部国民ではなくて、外国政府(日本政府)なのである。そして、「借金生活」の結果、現在は豊かで幸福な生活を送れる。
 このとき、国民は、稼ぐ金以上の消費をしている。本来ならば、ドル安によってもっと働くべきなのだが、ドル高のせいで、あまり働かずに、豊かな生活を送れる。国民は、財政赤字という形で「減税」を受けている。つまり、あるべき「増税」がない。とすれば、「物価上昇」が起こるはずなのだが、そうならない。というのは、「借金生活」をしているからだ。(「民間引き受けの国債」による「財政赤字」だから。この件は、先に述べたとおり。)
 では、この状態は、いつまでも続くか? すなわち、「永遠の借金」は、可能か? もちろん、そんなことはない。サラ金人生は、いつか破綻する。日本政府は、今は喜んで米国国債をどんどん買っているが、やがては、自国のインフレを避けるために、米国国債を大量に売却する。そのとき、現在と逆の状況となる。すなわち、日本は物価上昇を避けて豊かな生活を送れるようになり、逆に米国は物価上昇が起こって貧しい生活を送るハメになる。「借金の返済」だ。そして、その現象を、通常、「スタグフレーション」あるいは「通貨危機」(米国ならば「ドル危機」)と呼ぶ。
 
 結語。
 米国は今は、「円安」の裏返しの「ドル高」で、豊かで幸福な生活を送れる。しかし、それは、「財政赤字と貿易赤字」という双子の赤字をともなう。その本質は、「借金生活」である。今は幸福だが、どんどん赤字がふくらむ。そして、その原因は、米国が何か悪いことをしているせいではなくて、日本が「円安介入」によって強制的に米国に金を貸し付けている(米国国債を買っている)せいだ。
 つまり、日本は「円安介入」をすることによって、サラ金業者のごとく、米国に金をどんどん貸し付けている。だからその金で、米国はとても幸福な生活を送れる。
 しかし、それは、「甘い顔をした悪魔」であるサラ金業者と同様である。貸すときは甘い顔をしているが、やがてはいつか米国国債を売却して、借金返済をしてもらう。そのとき、米国にはひどい物価上昇が起こる。すなわち「スタグフレーション」もしくは「通貨危機」(ドル危機)である。
 だから、日本は「円安介入」をすることによって、米国に経済危機を起こす準備をしていることになるのだ。市場にひどい歪みをもたらすことによって、自国経済だけでなく米国経済をも破壊しようとしているわけだ。── そして、その本質は、「歪みを増大させること」である。

 [ 付記1 ]
  かつてクルーグマンは、「アジア通貨危機」を予告した。私は同様に、「日本の通貨危機」と「米国の通貨危機」を予告しておこう。(規模は、「アジア通貨危機」ほどひどくはないだろうが。)
 なお、この二つの通貨危機は、相補的な関係にある。まずは日本で先に「通貨危機」が起こるだろう。(円安介入が過度になされたあとで、景気回復が進んだ時点に。)その後、この通貨危機を回復しようとして、米国国債を大量に売却したとき、日本の通貨危機は減殺され、その分、米国の通貨危機が生じる。 ( ※ 日本が米国国債を大量に売却すれば、日本の通貨危機は減殺されるが、日本の輸出企業は円高で苦しむ。輸出企業は、今は「円安で嬉しい」なんて喜んでいるが、あとで過度に円高が起こるので、あとで過度に苦しむ。)
( ※ 日本が米国国債を大量に売却しなければ、日本だけが大幅に苦しむ。)

 [ 付記2 ]
 では、(直前に述べたシナリオに従って)「日本だけが大幅に苦しむ」となった場合、どうなるか? 
 米国は通貨危機が起こらないので、万々歳である。しかしそれは、日本にとっては、「国債を買っても償還されない」ということであるから、「融資の返済を求めない」ということになる。貸すだけで、返してもらわない。借用証だけをたくさん金庫に溜め込んで、返済を永遠に猶予してあげる。これはいわば、「借金の踏み倒し」と同じようなものだ。……こうなると、米国の破綻を日本がかわりにひっかぶったことになる。「金を出すだけで返済を求めない」というのは、プレゼントと同じだからだ。
 とはいえ、その間も、米国の帳簿の赤字だけはふくらむ。実際には返済がなされないとしても、帳簿の赤字が増える。そして、あまりにも帳簿の赤字が増えすぎると、国際的には、米国の信認がなくなるだろう。アルゼンチン化である。あるいはアジア通貨危機の二の舞だ。
 となると、やはり、「赤字の巨額化」は、米国としても避けたいし、借金返済は不可避であろう。

 [ 付記3 ]
 なお、日本であれ、米国であれ、通貨危機は必然ではない。「借金」が多額になる前に、少しずつ返済を始めれば、何も問題は起こらずに、解決していく。
 問題は、その前に「信認」が崩れるかどうかだ。信認が崩れれば、アジア通貨危機の場合と同様に、返済能力を疑った国際資金がいっせいに逃避して、通貨危機が起こる。逆に、信認が崩れないうちに返済を始めれば、問題は何も起こらない。
 だから、とにかく、「借金」が多額になる前に、少しずつ返済を始めればいいわけだ。逆に言えば、返済しないで、「借金」を多額にしていけば、通貨危機が起こる。米国の財政赤字であれ、日本の財政赤字であれ。
( ※ ただし日本には、米国国債を買った黒字があるから、その分、国内の財政赤字の蓄積を相殺できる。……とはいえ、日本の外貨資産がいくらあるとしても、日本の財政赤字はそれを圧倒的に上回るほど巨額である。貯金があるとしても、借金ははるかに上回るわけだ。となると、外貨資産にあまり期待しても、仕方ない。 → 前日の [ 付記1 ]

 [ 付記4 ]
 借金返済は、少しずつなすべきだ。では、なすとしたら、どういう形でなすべきか?
 そのときの米国政府が、「増税と成長」という形を取れば、うまく返済できる。「働く量を増やす」という形の借金返済だ。(クリントン時代の米国には、そうした。)
 一方、帳簿主義だと、単純な「増税」によって解決しようとする。これだと、「成長」がなく、逆に「成長」が抑制されるから、デフレとなり、ひどい結果となる。
 さらにまた、「増税」も「物価上昇」もなしで、借金返済を永遠に避けようとすれば、やがて、いつか、一挙にスタグフレーションが訪れるので、最悪の結果となるだろう。(これが通貨危機だ。)
 なお、一番ありえそうな形は、「単純なインフレ」である。単なる「物価上昇」によって、「自然増収による借金返済」という形だ。たぶん国民には不満がいっぱい溜まるだろうが、これは、スタグフレーションや通貨危機よりはマシである。

 [ 余談 ]
 単純なインフレが起こったとしよう。そのとき、国民の不幸には、「過去のサラ金人生のツケ払いだ」と説明するべきだろう。
 では、それで納得してもらえるか? たぶん、納得してもらえまい。「勝手にサラ金人生を押しつけたのは政府だろう!」と文句を言われるだろう。日本はバブル時代、金を湯水のように使って楽しんだが、あのとき楽しい思いをした人々は、やはり今ごろは「政府が悪い」とだけ非難するだろう。ま、実際、そうですけどね。
 それでも、人々は、幸福な時代に幸福な思いをしたことは、忘れてしまうものだ。だから今の米国も、サラ金人生で幸福な生活ができることを、「ブッシュのおかげ」と喜んでいるのである。(自分の足を食って喜ぶタコのようなものだ。)


● ニュースと感想  (2月11日)

 前項の続き。「ドル安の是正」について。
 前項では、「現状はドル高(円安)だから、是正すべし」と述べたが、それとは逆に、「現状はドル安だから、もっとドル高にせよ」という論調が、日本や欧州の政府にあるようだ。(読売・朝刊・経済面 2004-02-08 )
 この日欧の論調は、前項で説明したことと、異なる。そこで、この点について、説明しておこう。

 第1に、米国。
 米国には、巨額の貿易赤字が出ている。だから原理的には、現状は「あるべき水準」に比べて、「ドル高」なのである。この巨額の貿易赤字が解消するように、輸出を増やし、輸入を減らすべきであり、そのためには、さらに「ドル安」になることが当然なのだ。このことは、経済学の基本である。
 ただ、現在のドルレートは、以前に比べれば、「ドル安」になっている。なぜか? そもそも米国は、多額の減税をしているし、しかも同時に低金利政策をしている。だから結局、ドルの貨幣価値を低下させていることになる。とすれば、現在のドルが以前のドルよりも弱くなっているのは、当然のことなのだ。(タンク法の効果。貨幣数量説と同様。)
 これはこれで当然のことである。また、輸入超過の国の通貨が下落するのも当然のことである。また、輸入超過の国が輸出増加をめざすのも当然のことである。
( ※ 輸出超過の日本がさらに輸出超過をめざし、輸入超過の米国がさらに輸入超過をめざす、というのでは、話が本末転倒だ。)

 第2に、日本。
 日本は現在、巨額の貿易黒字を出している。なのに、「もっと円安に」なんていうのは、正しくもないし、好ましくもない。過度な円安は間違っているのだ。ここでは「円高」にすることが正しい。「国内の不況を、多大な輸出でまかなおう」という方針が、根本的に間違っている。正しい処置は、「円安」ではなくて、「タンク法の減税」である。
( ※ そもそも、円安介入なんかするから、資本収支とバランスを取るために、米国に多額の貿易赤字が出てしまうのだ。だから、円安介入などは、やるべきではないし、やればやるほど、将来には円高圧力となるのだ。)

 第3に、欧州。
 欧州は現在、貿易はほぼバランスが取れている。一方、米国は多額の貿易赤字を出している。とすれば、「ドル安」となるのは、当然だ。欧州が口を挟むべきことではないのだ。
 では、欧州が困っているのは、なぜか? 米国の生ではなくて、自分自身のせいだ。財政均衡主義なんかにとらわれているが、財政均衡主義だと、赤字を出せず、タンク法の効果を出す減税を実施できない。本来ならば、欧州(特に先進国)も、減税をして、タンク法の効果を出して、消費を増やし、景気を拡大して、莫大な失業者を解決するべきなのだ。さらに、当面は金融緩和もなすべきだ。なのに、マネタリズムなんかにとらわれているから、「インフレ抑制」と「貨幣価値の安定」ばかりをめざして、「財政赤字の削減」にこだわっていて、経済成長率を高めることができない。

 結語。
 日本も欧州も、自分の経済政策の失敗もしくは無策を、米国のせいにしている。「米国がドル安にするから、こっちの景気がおかしくなる」と主張している。とんでもない責任転嫁だ。日本の問題も欧州の問題も、自分の失敗もしくは無策こそが原因なのであって、通貨レートが自然な水準に調整されることが原因ではないのだ。
 日本も欧州も、「米国はドル安にするな」「米国はもっともっと貿易赤字を出せ」なんて頼むくらいなら、まず、自国で消費拡大をする政策を取るべきなのだ。特に、欧州は、物価上昇率は高くないのだから、まずは「高めの物価上昇率」を狙って、金融緩和をするべきである。「物価上昇は怖い」だの、「財政赤字は怖い」だの、そんな恐怖にとらわれているのが、問題の根本原因なのだ。「ドル安」というふうに「通貨レートが正常な水準に落ち着くこと」は、原因ではないのだから、こちらに責任転嫁をしてはならない。
( ※ 単純にいえば、日本も欧州も、マネタリズムという亡霊のような経済学にとらわれていることが、不幸の原因である。……そう言えば、マルクスも似たようなことを言っていましたね。妖怪が這い回っているとか何とか。最近の妖怪の名前は、マネタリズムだ。)

 [ 補説 ]
 本質的に言えば、各国のなすべき基本方針は、次のようになる。単なる通貨レートの調整ではなくて、総合的なマクロ政策が、大切となる。
 結局、こういうマクロ政策が必要なのに、そういうことをサボっている人たちが、通貨レートの調整でお茶を濁そうとしているのだ。ダメな経営者は、肝心な企業経営ではまったく無策なまま、「赤字が出ているから賃下げする」と言うだけだ。それと同様に、ダメな政府も、肝心の経済政策がまったく無策なまま、「景気が悪いから通貨レートを下げる」と言うだけなのだ。

 [ 付記1 ]
 「急激なドル安は、日欧の景気回復を妨げる」という主張がある。この主張が的はずれであることは、本項の記述から明らかだろう。
 日欧の景気回復のためには、「自国通貨安」もしくは「輸出増加」が大切なのではない。通貨レートによる景気回復を狙うべきではなく、正しいマクロ政策による景気回復を狙うべきなのだ。つまり、外需拡大による景気回復を狙うべきではなく、内需拡大による景気回復を狙うべきなのだ。
 貿易というものは、本来、バランスが取れたものである必要がある。そのために、変動相場制というものがあり、市場原理というものがある。なのに、このバランスを崩して、自国で輸出超過によって景気回復を狙うとしたら、そのこと自体が根本的に狂った発想なのである。
 「急激なドル安は、日欧の景気回復を妨げる」という主張は、経済学に依拠しているようでいて、実は、経済学の基本原理に逆らっているトンデモな主張なのだ。そして、こういう主張が、経済のバランスをあえて破壊して、あとで「歪みの是正」という形で、通貨危機を導くことになるのである。

 [ 付記2 ]
 「ドル安が進むと、米国でトリプル安が起こる」かもしれないという懸念がある。これは事情を勘違いている。
 歪みがあれば、あとで歪みを是正する突発的な変動が起こる。しかし、歪みを少しずつ解消しておけば、その方向に延長されるのではなくて、過度な突発的な是正が起こる危険が解消されるのだ。
 つまり、「ドル高」「円安」という状況を無理に続けていると、その方向にどんどん進む危険が生じるのではなくて、その方向を反転させて一挙に是正する危険が生じるのだ。
 わかりやすい話で言おう。借金をどんどん積み重ねると、いくらでも無限に借金を増やすことができるのではなくて、あるとき突発的に借金返済を迫られる危険が生じるのだ。今まではどんどん借金ができて、とても幸福な状態がずっと続くと思えたのに、あるとき突然、借金返済を迫られて、破綻することになるのだ。[それが通貨危機だ。]
( ※ なのに、素人は、ここを勘違いする。「経済は一定方向に延長して進む」という素朴な思考をするからである。こういう素朴な思考をするかどうかで、素人であるかどうかが判定される。)
( ※ ここでは「借金の有無」が非常に重要となる。通貨の問題は、単なる国家間の「有利・不利」の問題ではないのだ。借金を通じて、複雑な絡み合いがあるのだ。その複雑な絡み合いを明かすのが、ミドル経済学である。)
( ※ この複雑な絡み合いは、あまりにも複雑なので、図で示すことが必要となるだろう。そのことは、次項でなされる。)


● ニュースと感想  (2月12日)

 前々項 の続き。「円安とドル高の図式」について。
 前々項では、円安やドル高について言及したが、円安介入の原理は、よくわかりにくいと思えるので、説明しておく。
 まずは、次のように、図式的に示そう。
 ( ※ 投機的な取引の分だけを示す。通常の分[正常な輸出入の分]は、うまく均衡するはずで、考慮する必要がないので、この図からは省いている。つまり、輸出業者と輸入業者の正常取引の分は登場しない。)



             日本 金融市場  (為替市場)
             債券↓ ↑円   :
           商品          円
   米国 商品市場  ←  輸出企業    ←   
            →          →   
           ドル         ドル   ‖
  ドル↑ ↓商品                  ‖
             日本 株式市場       ‖
              株↓ ↑円    円   ‖
    米国政府       投機業者    ←   
                      →   
                      ドル

  ドル↑ ↓国債   ドル↑ ↓国債    ドル↓ ↑国債

  米国 金融市場  =  米国 金融市場  =  米国 金融市場

( ※ 「国債」は「米国国債」のこと。)     《 無断転載は不可 》   


 図式としては、以上のように示せる。
 たとえば、日銀は、為替市場で「円売り・ドル買い」をして、そのドルによって金融市場で「ドル売り・米国国債買い」をする。そして、金融市場では米国政府が「ドル買い・米国国債売り」をする。結局、日銀は金融市場を通じて、米国政府との間で、国債購入をしたことになる。
 ただし、この図式では、ごちゃごちゃしていて、複雑すぎて、何が何だか、よくわからないだろう。そこで、簡単にわかるように、本質を説明しておこう。
 円安介入というのは、結局は、「日銀による米国国債購入」のことなのである。ただし、日銀が発行できる金は、ドルではなくて、円である。そこで、米国国債購入のドルを、為替市場で調達する。
( ※ この際、円の貨幣供給量は増えているが、ドルの貨幣供給量は増えていない。つまり、ここでは、日銀による円増刷はなされているが、米国中央銀行によるドル増刷はなされていない。注意!)

 さて。このことは、「タンク法」と比較すると、本質がよくわかる。タンク法ならば、
  「日本政府が国債を発行して、その国債を(国内の中央銀行である)日銀が購入する。その資金は日銀が円を発行する」
 という形になる。ところが、円安介入では、
  「米国政府が国債を発行して、その国債を(国外の中央銀行である)日銀が購入する。その資金は日銀が円を発行する」
 という形になる。
 すると、両者では、どういう違いが生じるか? 

 前者(タンク法)では、単なる物価上昇が起こる。なぜなら、貨幣供給量の増加があるからだ。このとき、物価上昇によって国民に損があるかないか? それは、国債売却によって得た金を、国民が取るか政府が取るかによって決まる。その金を国民が取れば、(減税という形で)国民は損がないが、その金を政府が取れば、(財政赤字・公共事業という形で)国民は損がある。ともあれ、いずれにしても、物価上昇は起こるから、「借金」はない。
 後者(円安介入)では、米国では物価上昇がない。なぜなら、ここでは、貨幣供給量の増加するタンク法にはなっていなくて、貨幣供給量の増加のない「民間引き受けの国債」と同様になっているからだ。この「民間」というのが、米国市民でなくて、外国政府(日銀)である。つまり、ここには外国政府に対して「借金」がある。当然、現在は「借金」ゆえに幸福であり、将来は「借金返済」ゆえに不幸になる。……このことは、前項で述べたとおり。

 結局、大切なのは、単なる金の流れを見ることではなくて、「借金の有無」があるかどうかを見ることだ。借金があれば、「現在の幸福と将来の不幸」となる。借金がなければ、「現在の物価上昇」となる。(米国にとって。) ( → その原理は、ミドル経済学の考え方を参照。)
 「円安介入」があれば、貨幣供給量の増加がある。これによる物価上昇は、「金の滞留」があれば、当面は発現しない。ただし、将来になって、一挙に発現する。そのとき、急激な物価上昇を避けようとして、「米国国債の売却」をすれば、日本は破綻[スタグフレーション]を免れることができるかもしれないが、かわりに米国が破綻する。
 そして、こういう困った事態が発現する根本的な原因は、「円安介入」によって、無意味に大量の貨幣を供給して、市場を歪めることである。無理な力を加えるから、市場が歪んで、あげく、突発的な破局に至りやすいのだ。
( ※ たとえて言えば、下敷きに重りを載せれば、当面、下敷きは重りを支えてくれる。「まだ大丈夫、まだ大丈夫」と思って、どんどん重りを載せる。しかし、いつまでも大丈夫であるわけではない。あるとき、支えきれなくなって、おもりが滑り落ちて、下敷きは一挙に反発する。このことは、地震の発生と、同じ原理である。つまり、「歪みの蓄積と解放」である。……だからこそ、不自然な歪みを蓄積することは危険である。「まだ大丈夫、まだ大丈夫」とおもりを追加し続ければ、大丈夫でなくなったときに、ひどい問題が生じるのだ。「問題が生じるまではどんどん危険を続けよう」なんて考えるギャンブル的な発想は、正常な人間のやることではない。チキンゲームのようなものだ。「ぶつかるまではどんどん直進しよう」と。実際に問題が起こってからでは手遅れなのだが。)

 [ 付記1 ]
 輸出企業の分は、どう見るか? 
 米国は借金をしている。そして、その借金で、日本の輸出企業から、物品を購入していることになる。そういう意味で、米国は国を挙げて、「借金生活」をしていることになる。
( ※ なお米国は、日本から直接輸入する必要はなくて、中国や韓国から輸入しても同じことである。「日本 → 中国・韓国 → 米国」というふうに輸出超過の流れがあれば、日本から米国へ輸出超過があることになる。)
 
 [ 付記2 ]
 米国でなく、日本の立場で見ると、どうか? 米国は借金をしているという問題があるが、日本は黒字を出しているから、「借金をしている」という問題はない。ただし、それは、国際間での話だ。
 国内的に見れば、日本政府は民間に対して、多大な借金をしていることになる。莫大な財政赤字をどんどん蓄積しているからだ。(一月中のシリーズで詳しく述べたとおり。ミドル経済学。)……こういうことゆえ、「莫大な借金をしている」という問題は国内的には存在する。
 ここで、「円安にして輸出を増やせば、仕事が増える」と思い込んでいるのがマネタリスト流の思考だ。しかし、仕事が増えることが大切なのではなくて、所得が増えることが大切なのだ。通常なら、均衡状態だから、「仕事が増えること」=「所得が増えること」である。しかし、不均衡状態では、企業は貯め込んだ金を、投資にも所得にも回さず、眠らせるだけだ。となると、いくら企業業績が回復しても、マクロ的には経済成長がほとんど起こりらない。……だから、「円安にすれば問題は解決する」ということはなくて、「所得を増やすこと」が何よりも必要なのだ。にもかかわらず、所得はなかなか増えない。(先に「春闘で賃上げなし」などと述べたとおり。)
 かくて、正しいマクロ政策がなされないから、日本は不況を脱せず、財政赤字が蓄積して、借金はどんどん増えていくのである。結局、「円安が借金を増やす」ということはないが、「円安で国際的には黒字をいくらか出しても、国内的には赤字が莫大に増えるままだ」というふうになる。

 [ 付記3 ]
 日本でなく、米国の立場で見ると、どうか? 本項のことから、「米国は借金をしなければいい」と言える。
 とすれば、そのためには、「米国国債をあまり発行しなければいい」ということになる。しかし、そうとすれば、今度は、日本政府が米国国債を購入できなくなる。
 それでもとにかく米国が財政健全化をして、国債を発行しなくなったとしよう。日本政府は米国国債を購入できなくなるから、たぶん民間の社債でも購入するのだろう。すると、米国では、金融市場の金利が低下する。(現実にそうなっている。米国の長期金利は、とても低い。名目成長率が8%なのに、長期金利は4%だ。)
 となると、民間企業は、多くの投資をするようになる。多くの投資をするとなると、借金をすることになる。そして、その金を、日銀が出す。
 要するに、米国政府が国債を発行するかわりに、民間企業が社債を発行するわけだ。いずれにしても、「借金」をすることには、かわりはない。米国政府としては、手の打ちようがない。日銀が無理な「円安介入」をしている限り、問題は根源的に解決不可能だ。
 さて。日銀が社債購入をした場合、どうなるか? もちろん、米国で民間投資がどんどん増えるだろう。(社債購入でなくて国債購入でも、同様である。米国政府が国債の発行量を増やさなければ、日銀が国債を購入した分、誰かが国債を売却して社債を購入するから、同じことになる。いずれにせよ、民間投資が増える。)
 では、米国で民間投資がどんどん増えて、それで、ペイするだろうか? ペイすれば、借りた金を(投資したあとの事業によって)うまく返済できる。とはいえ、「消費不足・投資過剰」という状況がいつまでも続けば、「作っても売れない」という状況になるから、やがては「供給過剰」となるだろう。これは、日本がバブル期にたどった道だ。つまり、「当面は投資増大によって好景気を享受できるが、やがては、消費不足に直面して、供給過剰となり、デフレとなる」というわけだ。
 とにかく、むやみやたらと「投資」ばかりを増やすのは、投資と消費の比率を無意味に歪めるので、一国経済を破壊する行為なのである。現在の日本は、円安介入によって、米国国債を購入することで、米国に、過大な借金と過大な投資を強要している。そのことで米国に将来のデフレを用意している、とも言えよう。(日本は、バブル期に円高であったせいで、その後のバブル破裂とデフレが用意された。米国も現在、ドル高のせいで、その後のバブル破裂とデフレが用意されているわけだ。)
 では、正しくは? 今の米国は、投資よりは消費を拡大するべきである。ただし、貿易を見ると、輸入過剰であるから、輸入を増やす必要はない。米国は、外国との関係では、輸入よりは輸出を増やすべきであり、消費よりは生産を増やすべきである。その一方で、国内的には、投資よりは消費を増やすべきである。……こういうふうに、複雑な事情にある。単に「消費を増やすべきか否か」という質問には、正解はないわけだ。比較するべき対象ごとに、正解が変わるわけだ。間違えないように注意しよう。
( ※ 簡単に言えば、自動車の工場を造るよりは、自動車の工場の稼働率を上げるべきである。自動車の工場建設に金を出すよりは、自動車の購入に金を出すべきである。ただし、輸入自動車の購入に金を出してはダメであり、国内産の自動車の購入に金を出すべきだ。……こうすれば、財政赤字の問題も、貿易赤字の問題も、失業の問題も、すべて解決する。そして、そのためには、「ドル安」が必要となる。「通貨安」が必要なのは、日本ではなくて、米国なのだ。)
( ※ 単純に言えば、米国は「働いて、自動車を生産して、自動車を得る」というふうにすればよい。一方、現状では、米国は「働かないで、日本から借金して、日本の自動車を輸入する」というふうになっている。つまり、サラ金人生だ。これだと、「働かないで品物を得る」となるので、大喜びできる。日本も、「働いて、借用証を得る」となって、大喜びできる。しかしそんな状況がいつまでも続くはずがない。将来、通貨危機が訪れて、米国の信用は失墜し、日本の借用証は二束三文になる。そういう大問題が訪れるのだ。だからこそ、今は米国も日本も、大喜びして浮かれていてはいけないのだ。)
( ※ 経済の本質とは、物が売れるとか何とかいう表面的なことではなくて、「働いて、消費する」という正常な姿になっているかどうかだ。この本質を見失うと、「働かないで、消費する」とか、「働いて、消費しない」とか、そういう歪んだ状況を「幸福だ」と勘違いするのである。)

 [ 補足 ]
 米国では「投資偏重」となっているのが問題となる。ただし、「投資偏重」というのが、うまく成功するような例外がある。それは、昔の日本のような、途上国の場合だ。途上国では、「社会資本が未整備」というような状況があるから、さまざまな公共投資が有益であるし、設備投資も有益である。
 一方、現在の先進国では、社会資本も機械設備も、すでに足りている。社会基盤も機械設備も何もないような途上国(かつての日本)とは、事情が異なる。こういう先進国では、投資と消費の比率を安定させることが重要である。やたらと投資ばかりを過剰にすれば、最適成長は不可能となる。
( → 2月05日 で述べたとおり。)

 [ 余談 ]
 ついでに、中国について述べておこう。
 米国は「多大な貿易赤字を出して借金をする」というふうになって、これはは好ましくない。一方、中国は「多大な貿易黒字を出して融資をする」といふうになって、話は逆であるが、これもまた好ましくない。
 「先進国が借金をして、途上国が融資をする」というのでは、「成長性の高い途上国が、成長性の低い先進国に投資をする」というわけであるから、あるべき姿とは逆である。
 中国は、「黒字を出して嬉しい」なんて喜んでいるが、とんでもないことだ。「輸出を増やして国内の失業を減らす」という方針自体は間違っていないが、正しくは、「輸出を増やし、輸入も増やす」である。輸入を増やせば、その分、中国通貨の通貨レートが下がるから、輸出を増やすことも不自然ではない。中国が失業を国内の解決するために、通貨レートを低めにして、輸出を増やすこと自体は、悪くはない。ただし、そのためには、輸入をもっと増やすべきなのだ。輸出を減らすべきではなくて、輸入を増やすべきなのだ。たとえば、日本から部品を輸入したり、外国のハイテク商品を輸入して楽しんだり。
 なのに、中国がそういうふうに輸入を増やしていないのは、健全な市場経済システムが育っていないからである。そのせいで、経済がいびつになってしまっている。特に、商品を輸入していないということは、得るべきものを得ていないということで、あり、不幸なのである。米国は将来の富を食いつぶして現時点で過剰に幸福になり、中国と日本は富を将来に先送りして現時点で過剰に不幸になる。どちらも経済が歪んでいる。
( ※ こういう歪みが出ると問題だ、というのは、すぐ前に、下敷きの比喩で述べたとおり。)

  【 追記 】
 日銀が円安介入をしない場合には、どうなるか? この場合、米国では、国債購入のために海外資金が流入しないので、タンク法で米国中央銀行が国債を買ったのと同じことになる。すると、借金がふくらむかわりに、物価上昇が起こる。詳しくは、後日の項で。
   → 2月13日b2月14日


● ニュースと感想  (2月13日)

 前項 の続き。「円安とドル高の効果」について。
 ここまで述べてきた「円安とドル高」の効果について、簡単にまとめておこう。要約ではなく、結論または核心として。

 「景気回復のために円安で輸出増加を」という説がある。その理由は、次の二つだ。
  ・「輸出増加によってGDPの拡大をもたらし、これを景気回復のきっかけにする」
  ・「円安介入によって量的緩和と同等の効果をもたらし、そのことで物価上昇をもたらして、需要を喚起する」
 では、このシナリオは、成立するか? 成立するためには、次の条件がある。(重要!
  ・「輸出企業は、それで得た利益を死蔵せずに、投資または消費に向ける」
  ・「量的緩和と同等のことをなしたなら、その貨幣が滞留せずに、投資または消費に向けられる」
 換言すれば、「不均衡状態ではなく均衡状態であること」だ。つまり、「デフレではないこと」だ。この条件が満たされることが必要だ。
 しかし、デフレを脱出するのが目的であれば、現状はまだ「デフレである」わけだ。とすれば、もう「デフレでない」という条件は満たされていないわけだ。(自己矛盾の前提となっている。現状は黒であるのに、「もし白であるならば、さらに白になる」というのと同じ。)
 ゆえに、最初の「景気回復のために円安で輸出増加を」という説は、成立しない。
 
 結局、最初の主張は、それが成立するための条件を見失っているのだ。そして、この条件を見失うというのが、古典派である。
 古典派は、「常に均衡が成立する」と仮定する。(古典派の定義。)しかし、その仮定は「常にデフレではない」という仮定と同等なのだ。なのに彼らはそのことに気づかない。自らの説の前提を見失ったまま、自説を構築するから、すべてが砂上の楼閣となる。
( ※ いくら精緻な論理を構築しても、最初の仮定が「真」でなく「偽」であれば、すべては無効となるのだ。このことを理解するべきだ。特に、マネタリストは。)

 [ 付記 ]
 仮に「円高に効果がある」ないし「量的緩和に効果がある」とすれば、「マネーサプライはどんどん増えている」となるはずだ。ところが現実には、ほとんど増えていない。最近のマネーサプライの伸びは、好転しているどころか、非常に低調である。
( → Yahoo News その1その2

 いくら量的緩和をしても、マネーサプライは増えないのだ。にもかかわらず、馬鹿のひとつ覚えみたいに、「景気回復のためにはマネーサプライの増加が必要である」と政府は述べている。
( → Yahoo News その3その4その5


● ニュースと感想  (2月13日b)

 「円安介入のメリット」について。
 円安介入については、次のメリットがあるとされている。
  (1) 日本の景気回復に役立つ。
  (2) 米国の金利を低くできる。
  (3) 米国の資金不足を解決する。
  (4) 米国の景気好転に役立つ。
 この四つについて、批判しておく。

 (1) 日本の景気回復に役立つ
 たしかに、円レートを下げれば、輸出を増やす効果はある。しかし、輸出が増えたからといって、景気回復が可能になるわけではない。この件は、前項で説明したとおりだ。
( ※ なお、そもそも、輸出がGDPに占める率は、1割ぐらいにしかならない。内需全体を拡大するのに比べれば、輸出拡大の効果などは、もともと1割しかないのだ。というわけで、「輸出増加による景気回復」というシナリオは、もともと成立しにくいシナリオなのだ。こんなものに期待するのは、「強盗を追っ払ってもらうために犬を飼おう」として、チワワを飼うようなものである。効果が皆無だとは言わないが、ほとんど気休めに近い。こういう話は、円安批判として、すでに何度か述べたとおり。他のエコノミストも言っているし、特に目新しい説ではない。)

 (2) 米国の金利を低くできる
 金利を低くするというのは、メリットでも何でもない。借り手にはメリットがあるが、貸し手にはデメリットがある。損得はきっちり相殺される。金利が1%下がれば、その分、借り手は得するが、貸し手は損する。「メリットだけがある」なんてことは決してない。
 金利というものは、一般に、最適の点がある。その最適の点から無理にずらすことは、メリットとなるどころか、デメリットとなる。
 たとえば、バブル期の日本では、金利はもっと高くするべきだった。ところが、「金利は低いほどいい」という主張に押されて、最適の点よりも無理に引き下げてしまった。そのあげく、バブルがふくらんで、あげく破裂して、その後の長期不況を招いた。
 金利を下げたければ、いちいち円安介入などをしなくても、米国の中央銀行がいくらでも金利を下げることができる。他国が横からちょっかいを出して、無理な操作を加えることは、歪みを加えることにしかならないのだ。メリットよりはデメリットがある。
( ※ 詳しくは、次の (3) を参照。同じく金利引き下げを実施するにしても、日銀が操作するのと、米国の中央銀行が操作するのとでは、差が出る。前者の方が悪い。)

 (3) 米国の資金不足を解決する
 円安介入をして、日銀がドルを貯め込むと、そのドルで米国国債(財務省証券など)を購入するから、米国で資金不足が解決される、という説明がある。
 これはまったく正しい。ただし、それを「メリット」と見なすところが、根本的に狂っている。それは「メリット」ではなくて「デメリット」なのだ。
 なぜか? 日銀がそんなことをするから、逆に、米国に借金がどんどん溜まるのである。米国が財政赤字を出すから米国が借金をするのではなくて、日銀が米国国債を購入するから米国が借金をすることになるのだ。
 では、なぜ? その理由は、前々項で説明したとおりだ。つまり、次のように対比される。  以上のことから、結論が出る。もう一度結論を繰り返せば、次の通りだ。
 「米国が財政赤字を出すから米国が借金をするのではなくて、日銀が米国国債を購入するから米国が借金をすることになるのだ。」
 そして、借金の拡大というのは、もちろん、メリットではなくて、デメリットである。だから米国にとっては、「日銀が資金を出してくれるからメリットがある(うまく借金ができる)」のではなくて、「日銀が資金を無理やり出すからでメリットがある(無理やり借金をさせられる)」のである。……もう一度繰り返す。「借金をする」というのは、メリットではなくて、デメリットなのだ。

 にもかかわらず、ここを勘違いして、「米国にとってメリットがある」と主張しているエコノミストが多い。そういう人々は、「その幸福は借金によってもたらされたものだ」ということを見失っているのである。「借金」という事実を見失うと、物事の本質を見失ってしまうのだ。

 (4) 米国の景気好転に役立つ。
 円安介入があれば、(低金利になることを通じて)米国の景気好転に効果がある。それは事実だ。しかし、その半面では、輸入超過を通じて、仕事を奪われるので、景気悪化もしくは「職なき回復(ジョブレス・リカバリー)」の効果もある。両面の効果がある。
 総合的に言えば、やはり、身の程知らずの過剰消費をすることは、現状では幸福だと感じられても、長い目で見れば間違ったことである。
 たとえば、あなたの月給が 30万円であるのなら、その範囲で生活するのが正しいことであり、毎月 40万円も使うことは間違ったことだ。なるほど、みんながそうすれば景気は良くなるが、だからといって、身の程知らずの過剰消費をすれば、あとで破滅してしまう。「借金」をして過剰消費することは、決して好ましくはないのだ。
( ※ 例外は、デフレであるとき。ただし、米国はデフレではないのだから、そんな過剰消費をする必要はない。また、「借金」は国内の誰かに対してなすべきであり、外国に対してなすべきではない。)

 [ 付記 ]
 結局、「借金をして過剰消費すること」は、決して好ましいことではないのだ。
 たとえて言おう。遊んで楽をしたいと望んでいる小原庄助さんがいる。彼にアドバイスしたエコノミストがいた。「うまい方法がありますよ。遊んで楽をできます。それには何の苦労もいりません。ちょっとここにサインしてくれるだけでいいんです」と。
 小原庄助さんは、エコノミストの勧告に従って、サインした。とたんに、彼はまさしく、「遊んで楽をする」ということが可能となった。酒も美食もゲームもやり放題。毎日、さんざん金を使うことが可能となった。しかも、ちっとも働かないで済むのだ。エコノミストは主張した。「どうです。すばらしいでしょう?」と。
 ところが、である。小原庄助さんのサインした文書は、サラ金への借用証であった。毎日、さんざん金を貸してもらえるが、その分、借金は巨額にふくらんでいった。とはいえ、貸し手の方は、それが借金だということを隠している。だから、小原庄助さんは、いつまでも、そのことに気づかないでいる。彼は借金返済を迫られる当日まで、自分が借金をしていることに気づかないのだ。そして、「メリットばかりがある」と浮かれて、どんどん借金を重ねていくのである。
 ここで、小原庄助さんが現在の米国であり、サラ金が日本である。この二人に変な勧告をしたのは、エコノミストである。(その仮面の下には、たぶん、「悪魔」の顔があるのだろう。)
 ともあれ、最終的には、ひどい結末が来る。米国が借金返済を迫られて苦しむか、日本が借金を踏み倒されるか、どちらかである。たぶん、両方が半々ぐらいだろう。そのとき、両国の経済は、破滅的になる。そして、その日まで、両国は「メリットがある」と浮かれて喜んでいるのだ。
( ※ サラ金も、エコノミストも、似ているのである。どちらも本性は、悪魔である。甘い言葉で人をたぶらかし、最後には人を破滅させる。)

 [ 補足 ]
 要するに、こうだ。「円安介入には、こういうメリットがありますよ」なんていう主張は、ただの与太にすぎない。「物事にはこういう一面がありますよ」という主張は、茶飲み話なら面白いが、経済学は茶飲み話ではないのだ。「こういう一面がありますよ」なんていう主張は屁ほどの役にも立たない。
 大切なのは、「こういう一面がありますよ」と思いつきで指摘することではなくて、さまざまな面をすべて多面的に統一的に考慮することだ。そして、そういうふうに多面的に統一的に考慮するのが、前々項で示した図式である。
 この図式のように、事実は非常に複雑にからみあっている。なのに、そのほとんどすべてを無視したのが、先の「メリット」論だ。
( ※ しかも、この「メリット」論は、「金を貸してもらえる」ということばかりを示して、メリットと称している。「金を貸してもらえれば、いつかは返済する必要が生じる」というデメリットを隠している。これこそまさしく、サラ金が金を貸し付けるときの甘言であり、悪魔の手口だ。)


● ニュースと感想  (2月14日)

 「米国の双子の赤字」について。
 ドル安に関して、「米国は財政赤字を縮小するべきだ」という論調がある。日欧の政府やエコノミストにかなり見られる論調だ。(たとえば朝日・社説 2004-02-10 )
 これは、「財政赤字は通貨安と物価上昇をもたらすので好ましくない。財政赤字を出すべきではない」というマネタリズムの主張である。しかし、私の考え方を理解すれば、マネタリズムの主張は正しくない、とわかる。
( ※ だいたい、米国については「ドル安はけしからん」と主張し、日本については「円安は好ましい」と主張するのでは、話が矛盾する。マネタリズムを基本原則とすれば、日米のマネタリストの主張が矛盾するわけだ。)

 では、正しくは? 大切なのは、財政赤字を出すかどうかではないし、物価上昇があるかどうかでもないし、通貨レートが変更されるかどうかでもない。つまり、貨幣供給量がすべての原理となるわけではない。
 大切なのは、借金の有無である。そして、借金の有無に着目すれば、次のことがわかる。
  1.  貿易赤字こそ、真の借金である。これは外国への借金を意味する。だからこそ、貿易赤字の解消が、最優先となる。(さもなくばアルゼンチン化する危険がある。)そして、貿易赤字の解消のためには、通貨レートの是正(通貨安)が、正しい処置となる。つまり、米国は、ドル安にするべきだ。
  2.  財政赤字は、単に財政赤字の有無だけを見ても、正しい認識とはならない。財政赤字が借金となるかどうかは、その財政赤字とともに量的緩和がなされるか否かで決まる。
    1.  財政赤字とともに、量的緩和がなされれば、「タンク法」と同様になる。つまり、たとえ財政赤字が出ても、借金とはならない。(政府に赤字が増えても、米国中央銀行に同額の黒字が貯まっていることになるから。)……この場合、財政赤字が出て、減税をなしても、少しも借金をしたことにはならないのだから、問題はない。
    2.  財政赤字とともに、量的緩和がなされなければ、「タンク法」にはならない。つまり、たとえ財政赤字は、借金となる。……この場合、財政赤字はまるまる借金となるのだから、問題となる。このような財政赤字は、悪い。(マネタリズムの批判が正当となる。)
 注意すべきは、 ii の a と b の区別だ。  a では、単に貨幣価値の低下が起こっているだけだ。これは経済を歪めることにはならない。単に方向を調節するだけだ。そして、その方向が正しければ、正しい処置となる。(米国のドルの貨幣価値の低下は、インフレでない現状では、正しい処置である。)
 b では、純然たる借金が起こっている。これは経済を歪めることになる。このような状況は、サラ金人生であり、まったく好ましくない。

 ともあれ、この a と b の区別をすることが根本だ。ところが、マネタリズムは、この区別をしない。そのせいで、「 b は悪い」と主張して、「だから財政赤字はけしからん」と主張して、 a と b をひっくるめて批判するせいで、「 a は正しい」ということを見失ってしまう。そのあげく、さらには、 ii でなく i の「貿易赤字」(つまり純然たる借金)まで見失ってしまう。……物事をごちゃごちゃに混同しているわけだ。いわば、「坊主憎りゃ袈裟まで憎い」というふうな、粗雑な思考である。
 マネタリズムには、そういう難点がある。

 [ 付記1 ]
 ミドル経済学では、そういう難点はない。マネタリズムとは違う。 i と ii の区別もするし、 a と b の区別もする。
 だから、通貨レートの問題を考えるときは、ミドル経済学ふうに考えるといいわけだ。つまり、通貨レートを考えるとき、単に「輸出に有利」というようなことを考えるだけでなくて、「借金の有無」について考えることが大切であるわけだ。
 たとえば、「通貨危機」という現象も、「輸出に有利」という観点からはうまく説明できないが、「借金の有無」という点からはうまく説明できる。

 [ 付記2 ]
 マネタリズムの視野の狭さは、次のことからもわかる。
 マネタリズムによれば、「財政赤字はダメだ」となる。すると、「日本は財政赤字を出して減税をするべきではない。量的緩和だけをやればよい。量的緩和ならば、財政赤字を出さずに済むからだ」となる。そして、その結果、無効な量的緩和ばかりがいつまでも続き、デフレを脱することができない。かくて、財政赤字はどんどん拡大していく。(以前は「国債 30兆円枠」なんて言っていたが、たったの2年で「36兆円」になってしまった。)
 要するに、「財政赤字を出すな」なんてことばかりを主張しているから、その間にデフレがどんどん悪化して、逆に、財政赤字がどんどん増えていってしまっている。「財政赤字を出すな」と主張することで、「財政赤字を増やす」という結果を招いている。しかも、この財政赤字は、純然たる借金である。
 大切なのは、帳簿の上の赤字ではない。政府の帳簿の赤字がどんどんふくらんだとしても、日銀の帳簿の黒字が同じだけふくらむのであれば、問題はないのだ。とにかく、大切なのは、財政赤字の有無ではなくて、借金の有無なのだ。この違いを理解することが必要だ。そして、その違いを教えてくれる概念が「タンク法」である。(これはマネタリズムにはない概念である。だからマネタリズムは真実を見抜けない。)

 [ 付記3 ]
 マネタリズムの主張が成立するのは、「均衡」のときに限られる。
 均衡のときには、財政赤字(特に公共事業)を出すことによって、需要が食われ、民間投資が政府投資に侵食されてしまう。すなわち、クラウディング・アウトだ。
 だから、マネタリズムの言うように「財政赤字はけしからん」という主張が成立するとしたら、その状況は、クラウディング・アウトが発生している状況である。換言すれば、「供給力が不足していて、インフレになっている状況」つまりは「失業率がきわめて低くて、完全雇用に近いのに、需要がどんどんふくらんでいる状況」である。
 では、現実は、どうか? もちろん、クラウディング・アウトなどは生じていない。それどころか、大量の失業者があふれている。(日・米・欧のいずれでも失業率は高い。)
 こういう状況では、マネタリズム流の「インフレ対策」としての「財政赤字削減」は、ほとんど百害あって一利なしなのである。とにかく、クラウディング・アウトの起こっていない状況で、「財政赤字を減らせ」と主張するのは、まったくの見当違いなのだ。── それはいわば、洪水のなかで火事の心配をするようなものだ。あるいは、雨のなかで日照りの心配をするようなものだ。あるいは、暗闇のなかで日射病にかかる心配をするようなものだ。
( ※ ただし、「財政赤字を減らせ」という主張が間違っているからといって、「財政赤字を増やせ。どんどん借金を増やせ」という正反対の主張が正しいわけではない。マネタリズムの主張が見当違いだというのは、真実とは正反対という意味ではなくて、真実からそっぽを向いているという意味だ。そういう事情を、前述の細かな分類で、場合分けして説明した。)
( ※ クラウディング・アウトについては、次項でも述べる。)


● ニュースと感想  (2月14日b)

 前項の補足。「米国の双子の赤字の資料」について。
 資料となるデータ。米国の 2003年の貿易赤字は 4900億ドルで、前年比 17%増。二年連続で過去最大値を更新。GDP比は、4.5%で、前年の 4.0%よりも拡大した。
 状況はさらに悪化の傾向にあるらしい。最近のデータで見ると、貿易赤字額は、12月は11月に比べ、10.8%増だという。(いずれも速報値。)(各紙・朝刊 2004-02-14 )

 [ 付記 ]
 コメントをしておこう。4.5%というのは、借金のしすぎである。基本的には、いつかは返済しなくてはならないが、将来、この分の増税があったら、ひどい目になりそうだ。特に、「通貨危機」という形だと、数年分の返済を一挙に迫られるから、メチャクチャなことになりかねない。ドル暴落の懸念は、非常に高まっている。







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